逃亡劇の始まり
「抵抗しないでほしい」
「無茶を言いますね。こっちとしてはそもそもに拘束される謂れもありません」
弾かれた楔と鎖をジャラジャラと音を立てて引きずるイリス・クロウベル。その表情は変わらず、何かを悟らせることはない無表情を貫いてる。
わかるとしたら、声音はめんどくさそうなモノってことくらいか。
俺が抵抗すること自体がアイツからしたら面倒ごとだからな。しかも戦えるともなるとかなり激しく戦う必要もある。
あっちは仕事。こっちは何も悪いこと、少なくとも『天律聖教』にとって不利になるようなことは何一つとしてしていない以上、捕まってやる理由もない。
何より、今このタイミングで『天律聖教』に捕まるのはあまりにも都合が悪い。
アストレア王国の国教である『天律聖教』。その中枢にいるのがカイを追っているベルゼルド卿本人だからだ。
そもそもベルゼルド家っての自体が貴族の中でも熱心な『天律聖教』の信者。貴族としての役割も『天律聖教』とアストレア王国の政治との橋渡し役を代々担っているとされてる。
『天律聖教』としてもアストレア王国としても超重要なパイプ役。
それがベルゼルド卿だ。確か、『天律聖教』の中でもベルゼルド卿は高い地位を持っている。
そんな『天律聖教』に捕まるなんてことがあれば、俺のことはともかくとしてカイに身の危険が及ぶ。
まさに最悪の結末ってワケだ。俺は『天律聖教』に異端者として処刑されて、カイはベルゼルド家に連れ戻されるわけだからな。
「多少戦えても、異端審問官を相手に出来るつもり?」
「異端審問官だからって誰にでも勝てると思っているのなら、とんだ思い上がりですね」
異端審問官。しかも拘束する術を持っていて現場で即断即決しているあたり、かなりの実力者ってのは間違いない。
だからこそ、イリス・クロウベルからすればさっさと降伏してほしいんだろう。どうせ自分が勝つんだから、ボコボコにするよりも降伏してもらった方が楽なのはそれはそうだろうな。
だが、それに付き合ってやる理由は1つも無い上にデメリットだらけ。
しかも、わざわざ負けてやるほどこっちも雑魚じゃないんでね。
「『戦女神の剣』!!」
右手に握る剣に女神の力を注ぐ。白銀色に淡く輝いた剣を手に突っ込むと当然、それに対応するためにイリス・クロウベルは楔と鎖を操り始める。更には魔法も構える。
簡素な魔力の塊だが、同時に3つの攻撃手段を操るあたり、相当な手練れだな!!
だが、ただ強いだけならいくらでも付け入る隙はある。
真っ直ぐ突っ込んむ俺にイリス・クロウベルは魔法を発射。俺は細かいステップと身のこなしでこれを無傷で突破して更に距離を詰める。
それを読んでいたように魔法を抜けた先に楔が置くように放たれているが、俺はこれを剣先で弾いて更に加速する。
「……っ?!」
流石にここまで来るとイリス・クロウベルも表情を変える。最小限の動きで自分の攻撃をあっさり突破して真っ直ぐ突っ込んで来るなんて思ってもいなかったハズだ。
ここまでの実力者。並みの異端者。大体は別大陸からやって来た宣教師。戦う術なんて大してもっていないような連中を相手が殆どだっただろう。
厄介なのは『天律聖教』に反発する国内の連中ってところか。そういう連中の方が妙に戦う術を身に付けてるだろうが、それも大抵の場合ゲリラ的な戦闘方法だろう。
「訓練はしてても、実戦経験は大してないみたい、ねっ!!」
「――っ!!」
慌てて鎖を操って防御の体勢を整えているが、おせぇ!!
『戦女神の剣』を一閃して鎖の動きを阻害。返す刃で目の前にある鎖を完全に退かす。こっちの実力を見誤ったな。楽な仕事ばかりしてるからだぜ。
防御を突破され、イリス・クロウベルは急いで後退を始めるが逃がすかよ。
「『梟眼一閃』ッ!!」
こっちも更に一歩踏み込んでもう一閃。振り切った太刀筋からフクロウの羽根を飛び散らせながら、俺は確実な一撃を叩きこんだ。




