逃亡劇の始まり
その後も街の散策を続け、休息も挟みつつ俺達は尾行者への警戒を続けた。
時間はすっかり夕暮れだ。セントラリア大陸の南端にあるソレイユの街から見る夕陽は西の海とそこへ向かって伸びて行くような断崖絶壁の海岸線を中心にして沈もうとしていた。
だが、相手はこの間ずっと付かず離れず。数時間この調子だ。
こうなると長期戦で心理戦だ。向こうがバレている前提で動いている可能性もある。
お互いに出方を見ている。ってのもあるし、相手はただ監視をしているだけで終わらせる可能性もある。
それがソレイユの街だけの話なのか、そうじゃないのか。それとも俺達が隙を見せるタイミングを伺っているのか。
「次の曲がり角を右に曲がる。用意しておけ」
「……!! 了解しました」
カイの手に自然と力が入る。次の曲がり角は実際に地図上で見ると俺達の宿屋へ向かうのには近道だ。
だが、それはいわゆる路地裏。地元民でもその周辺に住んでいる人間じゃないと入らないような細い通路だ。
少なくとも現実に目にしたなら観光客だったら引き返すような場所だ。何より、路地裏ってのは薄暗い上に汚れていたり、日陰者のたまり場にもなりやすい。
どんな街でもそれはある。そこに敢えて行くという行為はこれから仕掛けるという合図でもある。
夕暮れ時の長く、そして濃くなった影。その中にスッと飛び込んだ瞬間、カイが俺の外套の中に飛び込んで、俺もそれを左腕で抱えて走り出す。
路地裏にある細々とした障害物を避けて奥に進むと、ここにも小さな運河が流れている。
表の通りにある店や住居に直通する水路だ。
表が観光や流通なら、ここはソレイユの街の住人達のためにある交通網。
その小さな船が二隻通れる程度の幅の水路のこっちとあっちを渡すための小さな橋。
その小さな橋を駆け抜けるのではなく、背の低い欄干を踏んで、俺は水路の上に身を放り投げる。
カイがギョッとするのを視界の端に収めながら、片手でワイヤーを操って橋の欄干の根元に引っ掛けて橋の下へと俺達は潜り込む。
石造りの橋の真下に身体をぶつけるようにして接触。そのまま、俺は橋の真下に取り付けた取っ手にぶら下がり、ワイヤーも回収した。
「どうやってるんですか、それ」
「しっ、静かに」
そこにあるハズの無い取っ手を俺が掴んでいることが不思議でならないカイがコソコソと小さな声で話しかけてくるが、それに答えてやれる余裕は無い。
因みに、コイツはシーリングハンターっていう壁や天井に張り付いて獲物を待つ獣型魔物の素材を使った道具だ。
こういう平面の人口物が多いような場所だと高い吸着力を持つ吸盤を持っていて、効果はこの通り。
大の大人と子供1人くらいならぶら下がっていられるだけの強度を持っている。
勿論自作だ。仲間達からはほとんど役に立たないって言われてたけどな。
「……」
なんてことを頭に思い浮かべていると、誰かが走って来る足音が聞こえてくる。橋の近くで立ち止まって、俺達の姿を探している様子が伺える。
足音からして、女か? こりゃヒールの足音だ。
ずっと遠巻きだったから性別も分からなかったんだが、まさか女が尾行しているとは思わなかった。
カイを追っているってよりは俺に何か目的があると考えていたんだが、女となると更に目的が分からねぇ。
一体、何者だ? そんなことに考えを向けていると。
「――ッ?!」
橋の下、そこに隠れていた俺達目掛けて直接魔法を放って来た。
あまりにも予想外の出来事に流石に目を丸くする。完全に死角に入っていたハズだ。それだって言うのに、探すような気配もなく何の迷いもなく俺達を直接狙って来た。
「ちっ!!」
咄嗟に端に吸着しているシーリングハンターの吸盤の機能を解除して、空中に身を放り投げる。
簡素な障壁魔法で最低限に魔法のダメージを防ぎつつ、そのままわざと吹き飛ばされて橋の下から脱出する。
吹き飛ばされた体勢をコントロールしながら、近場にある適当な建物の上部にワイヤーを引っ掛け、振り子の原理で上へと身体を持ち上げ、お返しにと言わんばかりに橋の上にいる女目掛けて、踵落としを放った。




