逃亡劇の始まり
ソレイユの街はとにかく喧騒に包まれていた。同じ港町のエスメラルダとは全く人の密度が違って活気のある声がそこかしこから飛び交っていた。
「わ、わわっ」
「手を離すなよ? この人混みではぐれたら見つけるのも一苦労だからな」
とにかく通りには人が多い。大きな通りなんだがな、それでもすれ違う人と服の裾が触れあいそうなくらいだ。
王都アストレアでもここまで人でごった返していることは無い。むしろ、王都はどっちかというと人混みより馬車の方が数が多い。
場所にもよるが、歩いている人より馬車の方が目立つくらいだ。人が歩いているのは学生街か商人地区くらいだろうな。
お貴族様は自分の足で歩くなんてことはしないからな。
「そこの綺麗なお嬢さん!! アクセサリーなんてどうだい!! 西のエルダリア大陸で採れた琥珀を使った物が入ってるよ!!」
「いやいや、ウチを見て行ってくれよ!! 北の大陸フロストリアで採れたサファイアさ!!」
俺の姿を見た商人達が我こそはと呼び込みの声がかかる。今の俺の見た目は女神のそれだ。店先に立ってもらうだけで即席の広告塔になるだろうからこその必死の呼び込み、だろうな。
それに苦笑いしながら手を振って丁重に遠慮させてもらう。実用性が無い物を買っているほど余裕は無いもんでね。
別の大陸に逃げる、って言うなら換金が用意な宝石類を買っておくのはアリだけどな。
残念ながら、今のところその予定は無いし今後もそれがあって欲しいとは思わない。
そうなったってことはベルゼルド卿の追手から逃れられなかった、ってことだからな。
大陸が変われば風土も文化も言葉も違う。
大人でも戸惑う環境は幼いカイには大人が想像している以上のストレスになる。そういうことを考えると、それは最後の手段だ。
「嬢さん、嬢さん」
「ん?」
通りを歩きながら、地形や店の種類なんかを頭に叩き込んでいっているとまた声がかかる。
ただ、その声は今までの呼び込みとは質が違うと感じた。
その声の主に視線を向けるとそこにいたのは痩せた爺さんだった。ただし、身なりはキチンとしている。
痩せてるってよりは健康的な体型ってのが正しいかもな。少なくとも同じ歳の爺さん達よりは痩せていて、少しばかり眼光の鋭いって言うか。
独特の迫力があるって感じた。年の功、ってヤツかな。
「嬢さん、探索者だろ?」
「よく分かりましたね。初対面の人で職業を当てた方は初めてかも知れません」
「視線の配り方と歩き方がな。腕の良い探索者のそれだ。子連れは珍しいがな」
爺さんは一発で俺が探索者であることを見抜いた。自分で言うのはなんだが、探索者ってのは物騒な顔をしているのが大半だ。
俺も元の男の姿は目つきが悪いことで知られているしな。人相が悪いのは探索者の共通点とも言える。
その印象からすると、今の俺の姿。女神の姿ってのはまぁそれとは真逆な印象なワケだ。殆どの人が何処か良いところのご令嬢か何かだと思うだろうな。
たまに失礼なヤツが無言で金を渡して来るけどな。そう言う手合いはガン無視だ。
「ウチの店見て行かねぇかい? 探索者向けの商品も扱ってるんだ」
「それは助かります。ちょうどそういうお店を探していましたから」
「へへへ、来たばかり、だろ? 値は多少張るが、良いモノ揃えてるぜ」
ニヤリと笑う爺さんの言うことはまさにズバリ的中だ。かなり目利きの出来る爺さんと見た。
まぁ、昨日に監査調査課のガルド・ベイレン課長にしっかりきっかり騙された俺が人を見る目があるのかと言うと、今は若干自信が無いわけだが。
そう言って爺さんが後ろにあった建物の中に入っていく。この辺の建物は通気性を重視していて、店先なんかは開放的なことが多いんだが、この建物はシックな雰囲気で、少し回りとは違う造りになっている。
「好きに見てくれ。ワシはそこのカウンターにいるから、用件があったら声をかけてくれて構わないよ」
「ありがとうございます」
中に入ると驚いた。かなりびっしりと商品が並んでいる。定番のポーションの類から照明具やロープなんかの消耗品。地図や保存食なんかの探索者向けの商品ばかりがズラリとだ。
流石はアストレア王国の玄関口と言われる街だな。こんな商店があるとは。




