逃亡劇の始まり
「表面上、その姿になって行動することはもはや仕方のないことだから何も言わないことにしますが、長時間は避けてくださいよ?」
「昨日の晩にこの姿で寝落ちしたからもう遅いかもな」
「……はぁ、自分の身体なんですからもうちょっと危機感を持ってください。本当に」
何度目かもわからない溜め息を吐きながら頭を抱える。長時間、女神の姿に変身するのは避けてと言われた瞬間に、もう既に一晩この姿のままだって言ったら、こうもなるか。
この姿になるだけなら侵食率が進まないってことは一応分かってるからな。まぁそれでも数日単位での検証は確かにしたことは無いし、人目が無いならこまめに切り替えておくことは必要か。
「アナタは本当に昔から自分の事となると適当ですよね」
「俺のことは俺が一番分かってるからな。無茶はしても無理はしてねぇよ」
「……そういうところです」
最後に手に持った書類で俺の頭をぼすっと軽く叩いて、この話は一旦お終いだ。書類で頭を叩いたのは彼女なりの抵抗というか、小さな反対の意思表明ってところか。
無愛想に見えるけど、ミリアさんは昔から優しいんだよな。俺もそういうところに甘えているってのはあるんだろうよ。
「とりあえずこのこれ付けてくるわ。カイは苦戦してそうだしな」
「簡単に外れないようになっていますから。さっきはあぁ言いましたけど、子供一人でやるには難しいので、付け外しはやってあげてください」
「あいよー」
手をひらひらさせてから赤毛の付け毛を持って、洗面所へと向かう。カイには付ける練習だって言ってたけど、それはちょっとした嘘というか俺と2人で会話する時間を確保するための方便だったわけだ。
打算的というかなんというか、抜け目の無さも流石だよ。
「どうだ? 付けられたか?」
「難しいです……」
洗面所に行くと案の定苦戦していたカイが涙目で見上げて来る。軽く頭を撫でてやってから、付けてやる。
うん、まぁこんなもんだろ。
俺も手早く付けると中々、これが確かにガラリと印象が変わるな。栗色の髪に一房だけ赤い毛があるだけでこんなに変わるもんなんだな。
何と言うか、活発そうに見える。無いと大人しそうな雰囲気って感じか。
付け終わって櫛で軽く梳けば馴染んでなお良い感じだな。
「お前はコレを掛けて仕上げだな」
「んー? おぉ~」
最後にカイに眼鏡をかけてやって終わりだ。少しだけ色の入ったレンズがカイの琥珀色の瞳の色味を少しだけ変えてくれる。
琥珀色から濃い茶色になった、ってところか。
俺は見慣れてるからすぐわかるが、確かに人相図くらいしか知らない赤の他人なら分からねえだろうな。
成程、これが変装か。勉強になるぜ。
「あれ、ミリアさんは帰っちゃったんですか?」
「あの人も忙しい人だからな」
洗面所から戻るとミリアさんの姿は既に無かった。って言っても、恐らくそう離れていないところに陣取っているハズだ。
何かあればすぐに姿を見せると思う。すぐに姿を消したのは、出来るだけ俺達と接触する時間を減らして、協力者がいるということを外に気取らせないため。
本職の意図なんて100%読めないけどな。少なくとも、ちゃんと意味のある行動なのは間違いない。
「何か用事があれば顔を見せてくれるさ。無愛想だが、怖い人じゃない」
「はい、それは感じました。もの凄く優しい人です」
「ははは、後で本人に言ってやると良い。さて、買い出し行くぞ。街の地形も把握しないとな」
さて、諸々の話も終わったし、買い出しも兼ねてソレイユの街を歩くぞ。デカい街だから色んなものがあるし、土地勘の把握も大事だ。
もしもの時の逃走経路、とかな。色々ここで準備する必要があるし、しばらく忙しくなるぜ。




