逃亡劇の始まり
「厄介なもんだな」
「首を突っ込んだのはご自分ですから」
丁寧に迅速に、そしてバレないように。言うのは簡単だけどやる方は大変だ。と愚痴るとミリアさんからツッコミが入る。
俺はそれをそりゃそう、と笑って受け流すがカイは申し訳なさそうにしている。
相変わらず、大人の顔色ってのをよく見ている。そんなに不安がらなくたって俺が好きでやってんだから気にしなくていいんだっつーの。
「カイさん、気にしなくて大丈夫ですよ。この人がとびっきりのお人好しなだけですから」
「悪口なのか褒めてるのか、どっちなんだ?」
「悪口寄りですね」
言うぜ。そんなことは微塵も思って無いくせに、とミリアさんに視線を向けると相変わらずの素知らぬふり。
ったく、素直じゃないぜ。少しはストレートに褒めてくれてもいいんじゃねぇか?
そう言うと今度は「そしたら調子に乗るので」って返ってくんだろうなぁ。付き合い長いとここまで予測できちまうから、良いんだか悪いんだか。
「さて、カイさんは洗面所でこれを付けて来て下さい。左側のもみ上げの前に来るような感じで」
「自分で付けるんですか?」
「練習です。やらないと覚えるのは難しいですから」
カイに赤毛の付け毛を渡して、洗面所に向かわせたミリアさん。理由は真っ当だが、本当のところはまた別の話、だな。
「で?」
「白々しいですね。『ディバインシフター』について、カイさんにちゃんと説明はされましたか?」
「大体したな」
「……ということはデメリットについては話していませんね」
肩を竦めて、はぁっと溜め息を吐いたミリアさん。なんだよ、別に悪いことはしてねぇだろ。デメリットに関してはわざわざカイに話すことじゃない。
これは俺の問題だ。カイに要らない責任を押し付けるつもりは毛頭無いぜ。
その姿勢を崩すつもりは無いと暗に示すために、俺は腕組みをしたまま何も言わずにいる。ミリアさんもそれを見て頭を抱えてから、ぽつりと溢した。
「かなり危険な行動なのは、分かっているんですよね?」
「わかってるよ。だから逃げの一手を打ってるんじゃねぇか」
「……まぁ確かに、以前のアナタなら売られた喧嘩は三倍値で買っていますからね。これでも落ち着いた方、ですか」
『ディバインシフター』のデメリットを知らなかった頃の俺だったら、まぁ間違いなくエスメラルダの街で襲撃を受けた時点で王都に殴り込んでるだろうよ。
そのくらい、血気盛んだった。探索者ってのは舐められたら仕事が無くなるってのもあるし、競争の激しい世界だ。
売られた喧嘩はしっかり買って、白黒付けておくのが普通なんだよ。
そして、大抵売った方が負けるのが定石だ。まともで腕の良い探索者ほど、自分と相手の力量差は把握しているし、損得で考えられるからな。
ただし、舐めてかかって来たバカはシバく。そういう世界だ。
良くも悪くも実力主義。それが探索者って仕事の本質ってわけ。
「わかっていると思いますが戦闘は極力避けてください。相手は強力です。10%や20%の出力では対抗できないですよ」
「この前も30%使ったしな」
「……あの状況がやむを得ない状況だと言うのは理解しています。それでも、避けられるのなら避けるべきです」
ミリアさんの目が不安そうに揺れる。そういう顔をされると、弱いよな。
いつだって、この人は俺の身を案じて発現してくれているんだ。カイの件だって、本当はいち早く俺から手を引いて欲しいってのが本心だろうよ。
自分達にまかせてほしい。それが本音のハズだ。だけど、俺が自分から首を突っ込んだことで退くことが無いってのも今までの関係の中でよく分かっている。
「よく覚えておいてください。アナタがアナタで無くなった場合、カイさんを守ろうとするかどうかすら、分からないということを」
「……あぁ、覚えておく」
このスキルの行きつく先が何なのかは、分からない。分からないからこそ、そうなるべきじゃないだろう。
その先で俺がバケモノになるのか、本当に女神になるのか。何にせよ分かっていることはやっぱり、それがきっと俺じゃないってことだろう、っていうことだけ。
だから、基本的には逃げに徹する。戦うのは、どうしようもない時だけだ。それは胸に刻み込んでおかないといけない。




