逃亡劇の始まり
カイと2人でへぇー、と変装道具をまじまじと見ているとミリアさんから咳払いで話を聞けと暗に言われちまった。
いや、さ。変装道具なんて見たことなかったからなんか新鮮でさ。この赤毛の付け毛だってよく出来てるもんだぜ。
人毛、ではないな。もっと違う魔物の長い毛を使っている。恐らく、人毛よりも耐久性が良いんだろう。
毛ってのも抜けると萎びる。一般的に道具で使う分には乾燥させたものを使うのが前提になるが、こういうものに使うとなると話は別。
特に子供に付けているのにそこだけ萎びていたら違和感しかないからな。そういうのを防止するのに敢えて人毛じゃないモノを使う。
逆転の発想というか、職人技だぜ。こういう仕事をしている人の工房って見るの面白いんだよなぁ。
「セイルさん」
「あ、わりぃわりぃ。で?」
ジトリと睨みつけられて、俺は付け毛から手を離して話を聞く体勢を取る。これ以上はまた説教コースだ。
俺もミリアさんにこれ以上怒られるのは勘弁だぜ。
「全く……。ではこれからの基本的な方針を改めてお話します」
「おう」
そういうとミリアさんが羊皮紙を広げ、そしてそれが更に大きくなって机の上に広がる。地図なんかに活用される魔道具の1つなんだが、カイは見るのが初めてらしくて何故か拍手をしていた。
反応が初心でお前は本当に可愛いな。気持ち、無表情を貫くミリアさんの表情も自慢げな気がする。
子供の無垢な応援や称賛はいつだって大人の心に染み渡るんだよなぁ……。
「まず、基本的にはギルドとしてはおふたりへ直接的な支援や関与は難しいです」
「今目の前に普通に来てるけどな」
「一々揚げ足取りをしないでください。私達、監視調査課は基本的に隠密行動が基本です。それにお2人にも原則としてほぼ常に変装していただきます」
あまり話が堅くなり過ぎないように茶々を入れながら、ミリアさんの話を聞く。この人、仕事は真面目でめちゃくちゃ出来るけど、話が難しくなりがちだからな。
それだとカイが話について来れない。いくら子供にしては頭の回転が良いって言っても、あくまで子供にしては、だからな。
簡単に説明をされるなら、そっちの方が良い。カイにも気を付けてもらうことは沢山あるだろうからな。
「どんな時も付けてってことですよね?」
「そう言うことになります。完全なプライベートな空間なら多少は構いませんが、出来るだけ変装を解くことは避けてください」
「えらく慎重だな」
「相手は大貴族です。一体どんな手段を使って来るか、私達も想像しかねます」
確かにな。大貴族、しかもベルゼルト家はその筆頭とまで言えるレベル。国の政治の中枢にも代々関わっている一族だ。
その影響力と貴族らしい側面ってのは他の貴族よりも上って考えていいか。
そもそも、カイが失踪してからエスメラルダに騎士を寄こすまでが相当に早かった。
「ベルゼルト家はどれだけの規模でカイを捜索しているんだ」
「今は一旦落ち着いていますが、当初は300人規模の人材を投入したようです」
「おいおい、中隊か大隊の規模じゃねぇか。どっかの領主と小競り合いでもするかって規模だぞ」
300人規模の人材。おそらく私兵騎士だけじゃなくて傭兵や教会騎士も使ったな?
ベルゼルト家はアストレア王国の国教『天律聖教』に深いかかわりのある家柄だからな。大貴族でありながら教会でもトップ2の席に座っているくらいだ。
そんな貴族が使える力を総動員して人員を用意したってのがよく分かる。
「どのくらいの凄いんですか?」
「大体地方都市に駐留している騎士の人数と同じだな。ようは、そうだな、ベルゼルト家がお前を探すために用意した人数でエスメラルダの街の騎士達と真正面から戦争出来るってところか?」
「少々荒っぽい表現ですが、概ね合っているかと。もっと簡単に言えば小規模の村や町なら5つはあらゆる外敵から守り切れる規模です。子供一人に投入する人員の規模では、ありませんね」
そう聞いて、カイは顔が青くなる。自分が逃げ出したことでとんでもないことが起きているということを改めて認識したってところだな。




