逃亡劇の始まり
「おはようございます。……どうかしたのですか?」
シャワーを浴び、朝食を取っているとミリアさんが部屋に入って来た。パンを咥えている俺と真っ赤になってそっぽを向いているカイを見て、不思議そうに首を傾げる。
見るからによく分からん光景ではあるわな。それはそれとして、せめてノックくらいしてくれないか? たまにミリアさんこういうところ抜けるんだよな。
「あ、失礼しました。その姿ですし、必須ですね」
「男だったらノックは要らないみたいな発言だったな今の」
とんだ差別発言だぜ。まぁ良いけどよ。勝手知ったるなんとやら、って言えるくらいの付き合いはあるし。
次からは気を付けて欲しいもんだぜ。一応、最低限の恥じらいってもんは持ち合わせてんだからよ。
「意外とその辺気にしますよね」
「男だって好きで肌見せてる奴はごく少数だと思うが」
「言われてみれば、確かにそうかも知れません」
さっきのホテルマンの兄ちゃんには良い思いをさせちまったが、だからと言って誰彼構わず見せつけるつもりはねぇよ。
ありゃ事故だからな。こっちが悪いから咎める理由も無いし、下手に隠すより知らん顔しておいた方があっちも気に病まなくて良いだろ。
男でも女でも、時々それはもう下着か水着なんじゃねぇのかってヤツがいるし、男に関しては上半身裸のヤツも時々いる。
悪い、とは言わんが俺はやらん。あの手の事をやってんのは自分の身体に自信があるナルシストだけだっての。
「で、昨日の今日で何のようだよ」
「カイさんの変装道具を用意しました」
もう用意出来たのか。どんだけ優秀なんだよ監査記録課。その話をしたのは昨日の夜のハズなんだが、それが次の日の午前中には用意出来るって。
ちょっと恐ろしくなって来たな。まぁ、そもそも行く先々にミリアさんが平然とした顔でいるのが当たり前になっているから、その辺の感覚がおかしくなっている気がする。
冷静に考えると、なんでこの人は伝えていないのに俺の行き先にいるんだ……?
「こちらが変装用の付け毛と眼鏡になります」
「随分と原始的、というか魔道具じゃないんだな」
「魔法を看破される可能性を考えると、変装というのはこういうものの方が効果的なのです」
ミリアさんの謎に関してはあまり考えないことにして、用意された変装道具について説明を受ける。
渡された変装道具はシンプルなモノだ。赤毛の付け毛に黒縁の眼鏡。レンズの方には少し色が付いてるな。
予想していた変装道具よりも単純なモノだったが、ミリアさんの説明を受けて納得する。
危険なところへも潜入しなきゃいけないこともあるという監査記録課の変装道具は魔道具のような魔法で効果を発揮するモノじゃ都合が悪いことも多いんだろう。
スキルの中には魔道具や魔法の発動を見破るものもあるからな。ガードマンのような仕事をしているような連中なんかがこの手のスキルを保有していることが多いし、姿を変えたり誤認させたりする魔道具を使っているなんて怪しすぎるからな。
何をしてなくても、事情を聴かれる可能性は上がる。昨日も忠告された『ブルーリオン騎士団』なんかにそんなことされた日には即お縄の可能性まである。
そういう意味ではこういうシンプルな変装が一番意味があるってことだろうな。
「こちらの付け毛はカイさんもですがセイルさんも付けてください」
「別に良いけど、なんで?」
「髪色が同じというだけで親子や血縁者という印象を持ってもらえますから」
「印象操作、ってわけだ」
今の姿、アテナの髪色とカイの髪色は似ている。そこに全く違う赤毛の付け毛を装着するだけで印象も変わるし、周囲には血縁者だと思わせることも出来る。
まさに一石二鳥の手段ってワケだ。
「メガネの方は不自然にならない程度に色が入っています。カイさんの瞳は琥珀色ですが、それを少し誤魔化してあげるだけでやはり印象は変わります」
「変装ってのも、奥が深いんだな」
「ガラリと変える必要はそこまで無いんです。服装や髪型、身に付けるアクセサリーを変えるだけで、思ったよりも人の目と言うのは掻い潜れるんですよ」
俺はてっきり丸っと髪色から何から変えた方が良いと思っていたんだが、そうじゃないと知るだけでも奥が深いもんだ。




