逃亡劇の始まり
「私が見たかったのはカイ少年の状態と君との関係だ」
「俺とカイの?」
一通り俺で遊んで、ようやく真面目な話をするつもりになったんだろう。緩んでいた顔がキリっと仕事人の表情になる。
さっきまでの朗らかな雰囲気は吹き飛んで、そこにいるのは情で流されるような雰囲気のおっちゃんじゃなくて、確かな情報と事実で物事を冷静に判断する人間の顔だ。
必要であれば、本当に俺をベルゼルト家に突き出す。そう言う人なんだろうよ。
「あぁ。どうにも、先方さんは君がカイ少年を攫ったか、拐わかしたかしたことにしたいように見えてね。それが真実かどうか、まずは情報を整理しなきゃいけない。そのためには直接目で見て判断しないといけないと思ってね」
「……カイの身に何が起きていたたのかは、報告されてんのか?」
「一応ね。実際にカイ少年の身体に虐待の痕跡があったことも把握している」
後ろ手に腕を組みながら、ガルド・ベイレン課長は会議室の中をゆっくりと歩く。
この人の中には今まで集めた情報と、目の前で確認した事実。そしてそれによって組み上がった幾つかの推論が既に組み上がっているんだろうよ。
頭の良い人だ。正しい意味で、な。少なくとも俺みたいな小細工とか小手先とかそう言う頭の回転の早さじゃなくて、深い思考が早い人。
そう言う人は怖いんだよな。敵でも、味方でも怖い。ただただ純粋に論破できないロジックと事実で殴って来るタイプだからな。
「改めて確認しようセイル。君が保護した段階で、既に虐待の痕跡は有ったかね?」
「間違いねぇ、保証する。何より、カイの精神状態がその答えだ」
過剰な訓練によるボロボロの身体。それに伴って行われただろう過剰な叱責と罰。
それらによってカイの心身は。特に精神状態はボロボロだ。あと一歩で、完全に壊れていたかも知れない。
その手前で逃げ出せたことは俺は幸運なことだと思っている。
俺はカイをこんな目に遭わせたベルゼルト家を許さない。それにどんな理由があったとしても。
「子供が泣いてることが、正義だとは思わねえ。そんな正義、クソくらえだ」
世の中、どこかで誰かが割を食う。誰かが裕福で幸せな生活を送っている影で、必ず貧しくて苦しい人生を歩んでいるもんだろう。
だけど、それでも。子供だけは笑っている世の中が俺は正しい世の中だと思う。
俺に世の中は変えられないけど、目の前で泣いている子供くらいは助けたい。助けなきゃいけないと思う。
そのためになら貴族様に盾付いてやるよ。
「……ふふふ、流石はギルドマスターが目を掛けるだけあるね」
「ババアにも話が行ってるのか」
「そりゃあね。貴族からの圧力だ。まずはトップに話が行くよ」
それもそうかと思う。ギルドマスターはその名前の通り、ギルドのトップに立つ人だ。勿論偉いが、その人は元々俺達に教鞭を取っていた人で、まぁ口煩いおばさんだ。
……こんなこと言ったらぶっ殺されるけどな。
この事もこの人は知ってんだろうな。そして、ギルマスから俺達がどういう目で見られてるかも。
「さぁて、とりあえず手持ちの情報から察するに、カイ少年を使ってベルゼルト家が何かを企んでいる可能性が出て来た。更に虐待の痕跡有り、更に私達の情報によるとカイ少年が養子となる過程にも不審な点があってね」
「不審な点?」
「正しい手順を踏んでいない可能性がある。つまるところ、カイ少年は何処かから連れ去られて来て、無理矢理ベルゼルト家に養子に入れられた可能性だ」
「……!!」
無理矢理、養子に入れられた。それが事実ならベルゼルト卿はガチのクソ野郎ってことになる。
何かしらの謀略。子供への虐待。文書の偽造。そして誘拐。パッと予想されるだけでもベルゼルト卿には4つもの疑惑があることになる。
貴族様がどれもこれもそんな輩だとは思わねぇけど、これが事実なら本当に許せねぇ。そして、このままだとそれは明るみに出ない。
それを揉み消せるのが貴族って権力者だからだ。ベルゼルト家ほどの力があるなら、それは難しくない。
「これらのことで、ギルドマスターからの個人的な言伝を預かっているよ」
「はは、要はギルド本部は知らん顔ってことじゃねぇか」
「残念ながら表立って大貴族と対立するわけには行かなくてね。だからこそ、個人的な言伝だよ。『首を突っ込んだのなら、最後まで面倒見ろよ』、だそうだ」
ババアらしい言葉だ。そんなん言われなくても分かってるってーの。




