逃亡劇の始まり
「ありがとうございますおじ様。『ソレイユ』まで乗せて行ってくださるなんて」
「いやいや、お安い御用さ。それに、女性と子供がたった2人でこんな田舎道を歩くなんて危ないからね。こういう時は助け合いさ」
俺とカイは今、街道沿いですれ違った承認のおっさんが手綱を取る馬車の荷台に乗り込んでいた。
「セイルさん。良いんですかこんなこと」
「何言ってんだカイ。俺はなーんにもしてないぜ? ただ街道沿いを歩いていたら『親切なおじさん』が乗せてくれただけさ」
乗せてくれたおじさんを猫撫で声でおだててから、カイとこそこそと声を潜めて話す。
カイは罪悪感満載の様だが、俺は素知らぬ顔。何せ、俺は何もしていないからな。ただカイに見せるために変身した女神の姿のまま、街道沿いを2人で歩いていたら、このおじさんが声をかけてくれた。
ただそれだけの話さ。それ以上もそれ以外も無い。
「騙しているようなものじゃないですか」
「騙してはいないさ。正真正銘、女神の姿だからな。それに後でお代は払うさ」
男ってのはバカなもんで、美人を見るとすぐに良いところを見せたがる。特に如何にも困っていそうな美人ほど声をかけやすいモノは無い。
しかも都合よく自分がすぐに提供できることをその美人が欲していたら、なおさらのことだ。
今、俺達を上機嫌で南の港町『ソレイユ』まで運んでくれると言ってくれているおっさんはその典型例だ。
バカには別にしていない。このおっさんはめちゃくちゃ良い人だ。ちょっとくらいは下心はあるだろうけど、そもそも善人じゃなきゃ俺らを自分の荷馬車に乗せようだなんて思わないからな。
「それにしたって災難だったね。馬が魔物に襲われちまうなんて。最近はあんまり聞かなかったんだけどね」
「私も驚きました。でも、幸い魔物は馬の方を追ってくれたので、私と息子は何とか逃げることが出来たんです」
「いやー、本当に運が良い。きっと日頃の行いがよろしいんですね」
「そんな。田舎で質素に暮らしていただけですよ」
おっちゃんには俺とカイは親子って設定で話を進めている。多少の嘘ではあるが、疑われるわけにもいかないし、おっちゃんを巻き込むわけにもいかない。
幸い、この女神。アテナの姿とカイの明るい栗色の髪が良い感じに似ているから親子って設定もそう違和感も無いだろ。
それとない設定を話しておっちゃんの同情を誘う。そうするだけで、おっちゃんは美女とその子供を助けた英雄だ。
そりゃ男としてこれ以上自尊心を刺激するモノも無いだろ。
「……ま、ママ」
「どうしたのカイ?」
「どのくらいで着くの?」
恥ずかし気に聞いて来るカイにこっちがやられそうになった。ホントに可愛いヤツだなお前は。
そして、やっぱり頭が良い。自分がそれとなく聞くことでソレイユまでの所要時間をおっちゃんに尋ねられるからな。
俺達がいた位置から、まともに歩いて行こうとしたら軽く3日はかかる旅程だが……。
「ははは、任せろ坊や。ワシの馬は国中を駆けまわっている。ソレイユまでなら夕方前には着くぞ」
「そんなに早く着くんですか?」
「任せてくれよ。こいつらも美人を乗せられて張り切ってるからよ」
なんとこのおっちゃん。徒歩だと三日の旅程を今日中に終わらせられるという。見かけによらず、優秀なおっちゃんだった。
2頭の馬もおっちゃんの声に合わせてぶるるっと鼻を鳴らしている。ペットは飼い主に似るって言うが、馬も似るのか?
ともかく、今日中に着くって言うならそれに越したことは無い。おっちゃん達に任せて俺達はゆっくりさせてもらおう。
「それ、行くぞっ!!」
速度を上げた荷馬車がガタガタと音を鳴らしながら街道を突き進む。やっぱ腕利きの商人だなおっちゃん。
このスピードで荷馬車が全然揺れねぇってことは相当良い馬車だぞこれ。




