逃亡劇の始まり
「落ち着いたか?」
「は、はい。すみません」
数分待っても固まったままだったので、仕方なく肩を叩いて無理矢理意識を引っ張り上げる。
少し刺激が強すぎたか? つっても、こうでもしないと説明するのは難しいからなぁ。
「びっくりしました。その、女神って凄い綺麗なんですね」
「……ぶっははははは!!」
あまりにも率直な反応に思わず大声を上げて笑ってしまう。意外とマセた反応するんだな。正直意外だ。
いや、でもらしいか。素直な感想を言うのは確かにカイの印象には合っている気がする。
大笑いをして出てきた涙を拭い、何か変なことを言ってしまったのかとビクビクしているカイに大丈夫だと告げる。
「悪い悪い。まさかそんな風に言われるとはな。今まで面と向かって知り合いから言われることは無かったからな」
「そうなんですか?」
不思議そうにカイは首を傾げる。まぁ子供からすりゃ、なんで? ってもなるのかもな。そもそも俺が特殊事例過ぎて、他に比較する方法も何も無いんだが。
「身内からすれば、男になったり女になったりして忙しいヤツだったからな。あんまり容姿については触れにくかったんだろうよ」
「……? でも、セイルさんはセイルさんですよね? 僕はどっちのセイルさんもかっこよくて綺麗だなって思います」
大人になって来ると、どうしたって触れにくい話題ってのはある。特に俺みたいな特殊なスキルを使って姿形どころか性別まで変わっちまうようなスキルを使っている人間に容姿で何かを言うってのは勇気がいるっつーか、リスクだろうな。
どこにコンプレックスが埋まっているのか分からないっていうか、地雷原の話題にしか見えないだろうよ。
何度も言うように、他と比較も何も出来ないからな。このスキル自体に密かにコンプレックスを抱いていたりしたら、それを話題にするだけで不機嫌になる可能性だってあるしな。
大人って言うのは当たり障りなくやっていくってのが当たり前だ。そうやって社会に馴染んでいくもんだが、そこは子供の特権。
直球ドストレートに思った通りの感情をぶつけて来る。それが良いか悪いかはさておき、俺個人としてはカイのその発言は悪い気はしなかった。
俺はあくまで俺で、姿形はあんまり関係ない。そういう本質の部分をカイは無意識に指摘してくれたような気がする。
それはここ数年。いや、『ディバインシフター』というスキルを活用するようになってから、殆ど無いことに感じた。
「お前、良い奴だなぁ」
わしゃわしゃと頭を撫でてやると照れくさそうに笑うカイ。ホントに可愛いヤツだぜ。
俺も思わず笑みが零れる。これから追手から逃げ回らなきゃいけない旅の始まりとは思えないくらいに和やかだ。
「他にも幾つか、その、姿を変えられるんですか? 昨日聞こえたのは違う言葉だった気がしたんですけど」
そのままスープを食べ進めているとカイから更に質問が飛んで来る。今日は好奇心旺盛だな。外に出て気持ちが開放的になったか? なんて思いつつその質問にも答えるとする。
「よく気が付いたな。その通り、女神の姿には幾つか種類があって、それぞれ得意なことが違うって感じだな」
「アルテミスと、アテナ? でしたよね」
「本当に良く聞いてるな。他にも3つあるんだが、まぁあんまり出番はない。殆どはアテナとアルテミスだ。扱いやすいしな」
『ディバインシフター』というスキルは女神になるスキルだが、その女神ってのは別に1人じゃない。
俺が変身できるのは合計5人。そのうち二つがカイも言う通り、アテナとアルテミスだ。
アテナは攻防共に優れたバランスのいい能力を持っている。アルテミスは弓を使った攻撃を使えて、二つとも扱いやすい。
だから、殆どの場合このどちらかに変身する。残りの3つは癖が強いヤツでな。あまり使う機会が少ない。
特化型、とでも言おうか。アテナとアルテミスは汎用って感じだ。
「でも、アテナとアルテミスなんて神様、僕は聞いたことないんですけど……」
「安心しろ、俺もだ。一応、知り合いに調べてもらった事があるんだが、どうにもめちゃくちゃ古い時代に少しだけ名前が出てるくらいで、詳しいことは分からねぇんだよな」
「神様と言えば『天律聖教』のアルヴェリオス様ですもんね」
流石はベルゼルド家に養子に取られただけあって、その手のことには詳しいみたいだな。
そうなんだよなぁ、俺らの中じゃ神様って言えば国教でもある『天律聖教』の唯一神『アルヴェリオス』のことを指す。
だからこそ、この『ディバインシフター』ってスキルの異様さが目立つ。
コイツの言う女神ってのは、一体何なんだろうな。




