ベルゼルド卿の刺客
屋根伝いに『エスメラルダ』の街を駆け抜ける。その斜め後ろ。人々が行き交う生活道路をベルゼルト家の私兵騎士達が追いかけて来る。
流石に宿の部屋に飛び込んで来た時に抜いていた剣は鞘に収まっている。そこだけが安心だ。乱暴な連中だが、理性が無い訳じゃないらしい。
だが、これはちっと面倒なことになったな。
「子供一人を連れ戻すのに投入する規模じゃねぇだろ……!!」
最初は2人だった騎士が、話を聞きつけてかどこからともなく集まって来た。その数、ざっと10人。
これが最大人数なのか、これ以上いるのかはまだ分からないが、にしたって屋敷から逃げ出した子供1人を連れ戻すのに投入するには人数が多過ぎる。
普通、捜索ってのはまずは情報を集めるために少数の人員を送って、足跡を見つけたらそれを辿って人員を増員する。ってのがセオリーだ。
そうしないと、ただひたすらに人材を投入するだけ投入することになる。ようは、コストがかかり過ぎる。
これをセントラリア大陸全土を治めているアストレア王国全体にやってるんだとしたら、一体どれだけの人員と私財を投げうった捜索をしているのかって話になる。
言っちゃなんだが、カイは養子だ。実子じゃない。ベルゼルト卿は確かにそこそこ歳がいっていたハズだが、別に子息がいなかったわけでもなかったハズだ。
確か、普通に長男坊がいる。大貴族ともなれば、一般人の耳にもそれくらいの情報は入って来る。
ベルゼルト家ってのはそのくらいの大貴族なんだ。それが録る必要も無い養子にカイを迎え入れて、それにこの熱の入れよう。
「ごめんなさい、僕のせいで……!!」
「謝ることじゃねぇよ。ただ、カイ。お前、ベルゼルト卿にそんなに可愛がられてたのか?」
「……いえ、ベルゼルト様はむしろ僕に殆ど興味が無かったと思います。上手く訓練を熟せない僕をちょっとだけ見るくらいで、後は訓練を付ける先生とずっと喋ってました」
カイの姿を隠すためにも着ている外套。その中で俺にしがみつきながら、カイは泣きそうな声を上げている。
追手が来ていることは確実。しかもあまり状況は良くないことを、ずっと移動を止めない俺の激しい動きから察しているだろう。
そんなことない、といつも通り宥めてから改めてカイとベルゼルト卿の関係を聞くが返って来た話はやはり胸糞悪いだけの内容。
少なくとも、まともに子供として育てようって気配は欠片も感じられない。どっちかというと使い捨ての道具か何かだ。
恐らくは何か目的があってカイを養子にし、早く使うために無理矢理訓練を詰め込んだってところだろう。
さしもの大貴族様も、政治や仕事のやり方は知っていても戦う人間の育て方は知らなかったらしいがな。
「止まれー!!」
10人程度で追いかけて来るベルゼルト卿の私兵騎士達。途中まではぞろぞろと増えて行ったが、時間が経っても増える様子は無い。
ってことはあの数で頭打ちだな。つっても10人と1人。しかも子供を背負ってともなると不利なのはこっちだ。
どうにかしてここから一気に離れる隙を作らなきゃいけねぇ。
「『火球』!!」
「んなっ!?」
どうやって逃げおおせるかを考えながら屋根の上を走っていると、私兵騎士の1人があろうことか街中で攻撃魔法をぶっ放して来やがった。
街中での攻撃魔法やそれに準ずるスキルの使用はご法度だ。武器のそれとは出る被害の規模が違うからだ。
まさかの攻撃に足場を崩された俺は屋根から滑り落ち、下の商店にかかっていた天幕の上に落ちる。
「きゃぁあっ?!」
人の重さを支えることなんて考えてない天幕はすぐに破けて、そのまま店先まで落ちる。
店頭で買い物をしていただろう夫人から上がる悲鳴が、より周囲に何か良くないことが起こっていることを伝播させていくのが見える。
「すまねぇ!!」
店先の商品は潰しちまったが、幸い、人に怪我は無さそうだ。すぐに跳び上がって体勢を立て直した俺は謝りながら通路へと飛び出して、距離が縮まっちまった私兵騎士達から逃げ出す。




