ただいま潜伏中
ハロルドの組織『梟の会』が用意した街道沿いの寂れたモーテルで三日過ごした。
百年前からあるんじゃないかと思えるほどボロなモーテルであることと、近場にろくな飲食店がないこと、同室のジロウの鼾以外は特に問題はない。
衣食住を用意してくれたのには感謝しているが外部との連絡は禁じられ、僕は未だに家族と連絡が取れないでいた。
リズは組織を通じて家族と数度連絡を取り合い、どうもリーウィン家は揃ってどこかへ移住することになったらしい。世界のどこへ行っても皇帝の勢力圏内だが、それでも支配が弱い地域というものはある、全部を等しくってわけでもない……らしい。
リーウィン家は娘が魔法使いであることを隠すと決めたときから、万一の備えをしていたようだ。いつかはこうなるという覚悟はあったんだろう。
うちも僕の存在があったから、ひょっとしたら、とは考えていたが移住先までは用意していなかった。非常時にどこへ集まるか。離れ離れになったときはどうやって連絡を取り合うかについては取り決めてあった。今の状態では無事を報せることもできない。
下手に外部と連絡を取ると皇帝に見つかり、組織が危険に晒される。ハロルドにそう言われては、お世話になっている身としては強く反発もできない。
ケイティに迷惑がかかってなけりゃいいけど、無理だろうな。
「ごめんね、巻き込んで」
二階通路の手摺りに肘をつき、茫っと駐車場を眺めていたらリズに声をかけられた。
この三日、余り会話をしていない。お互い、急激な生活の変化に戸惑っていたし、特に話すようなこともなかった。
「なにが?」
「わたしの家族を保護するのに組織に借りを作ったこと。わたしと組織の問題なのに君を巻き込んだ」
ハロルドとの交渉のとき、リズは自分だけのつもりで話していた。それを僕とセットだとハロルドが勝手に解釈した。
けど、まあ、あれだね。僕らはクラスメイトだし、同じ魔法使いだし、同じ場所にいた。
それだけ揃っていて友人でさえない、なんて言って誰が信じるかって話だ。状況から考えれば僕らは親しい友人に思われても仕方ない。
「別にいいよ」
いいのか?
そのせいで僕は足止めを食らってる。
一日二日は様子見をしても、三日となると僕だけならもう逃げ出しても良い頃合いだ。
僕は『梟の会』に入ったわけじゃない。お世話になってるし感謝もしてる。けど、仲間じゃない。
色々世話になったのに礼もせずに立ち去るのは悪いと思う。一度出て戻って来られたらいいんだけど、それをやるとかえって迷惑になるだけなのは分かっていた。
僕らはここに休暇で来ているんじゃなくて、潜伏しているんだ。好き勝手に出歩いて相手に見つかりでもしたら、僕らだけではなくハロルドの組織にも迷惑をかけることになる。それぐらい、僕だって分かっていた。
「でも、家族が心配でしょう」
「まあね、多少は。でもさ、僕のことがあるから覚悟はあったんだよ。リズ……リズでいい??」
うっかり愛称で呼んでしまった。僕とリズはさして親しくない。愛称で呼ぶのは親しい相手だ。
「どうぞ」と快諾いただけたので、心の中での呼び方と現実を一致させることができる。
「リズのところみたいに具体的な避難先までは決めてなかったけどね。それでも、こういう日が来るんじゃないかとは考えてたよ」
そう、うちは一応なりとも考えていた。
が、ジロウは違う。
ジロウは僕が魔法使いであることすら知らなかった。このモーテルに来てから、どんだけジロウに尋問されたことか。
隠していて悪かったとは思うけど、話せなかったんだから仕方ないじゃないか。結果として秘密にしていた甲斐もなく巻き込んでしまったけれど、今回のはジロウが勝手に人を尾行したりするからだ。
自業自得のジロウのことより問題はケイティだ。
僕が魔法使いと知って、更に僕と連絡がつかないから怒り狂ってるだろうなあ。
ケイティは僕のことを下に見てる。
――実際に年齢は下だからそれは仕方ないけど
下に見ていて、僕のことはなにもかも把握してると思っている。なのに魔法使いであることをずっと隠していたなんて言ったらどんな反応をするかは僕が一番良く知ってる。
幼馴染みから恋人になったときに話しておくべきだった。話そうとは思ったんだ、話そうとは。
ただ今更だし、ケイティが機嫌を損ねるのが眼に見ていたからどうにも言い出せなかった。ケイティが秘密を漏らすことに関しては心配していない。子供の時分ならともかく、ケイティだってその辺のことは分かる年齢だ。万一恋人という関係が壊れても、僕の秘密を暴露したりはしない。姉弟同然の幼馴染みであったことはどうやっても消えないんだから。
「いつまでこんな場所にいりゃいいんだろ」
この辺りは田舎だ。同じ街とは思えないほどに鄙びている。まあ、街の隅っこで少し行けば延々と道路が続くだけになる。たぶん、100キロぐらいはスタンドもないんじゃないかな。
中心部と違って人が少ないし、交通局の事故監視ドローンも飛んでいない。そもそも各所に設置されたカメラの数が段違いだ。
潜伏場所として選ばれるだけあって、この辺りなら追っ手に見つかる危険性は低い。ただ退屈だ。モーテルの敷地から出るなと言われているから余計に退屈だ。
そして敷地から出たところで、なにもないから退屈だ。
三日前の中央駅での爆破と展望ラウンジの件は反皇帝を掲げる地下組織によるテロだと報道された。
中央駅はともかく、展望ラウンジが生物兵器テロだったとか大嘘もいいところだ。その大嘘で2つのことが確定した。
1つは皇帝は僕らを生かしておく気がない。
1つはあのとき拘束された人たちは有罪無罪に係わらず生きていない。
どうしてそう言えるかと言えば、敵は堂々と大嘘を発表してるんだ。生き証人である僕らをそのままにしておくわけがなく、また同じ理由であのときあの場にいた人たちを生かしているはずがないからだ。
あのとき、強引に逃げ出したのは早計かなあ、と少し不安だったけれど、報道を聞いてあれは必要なことだったと確信が持てた。逃げ出していなかったら、僕らは今頃殺されていた。
未だに実感が追いついて来ない。
僕らはもう以前の生活には戻れないんだ。
だからと言ってなにかするつもりもない。
僕は身の程を知っている。自分の分に合わないことをやろうとは思わない。どこか皇帝の影響力の少ない土地へ行って暮らせればそれでいい。いや、日常の保証さえしてくれたら皇帝に降ってもいいんだ。問題は皇帝がとんでもなく上の人で、僕なんかと交渉してくれるとは思えないってこと。
皇帝にしてみれば僕は数え切れないほどいる未登録魔法使いの一人でしかない。僕だけを特別扱いする理由がなにもないんだから、他の叛徒と同じように機械的に処理するのが最も手っ取り早い。
今更管理下に入ると申し出たところで認めるられるかどうか。話すら聞いて貰えないかもしれない。
皇帝が興味を示すだけのものを僕が持っていればいいんだけれど、ないからなあ。
大体、僕は自分がどれぐらいのレベルであるか知らない。話に聞く皇帝には遠く及ばないのは分かってる。皇帝が相手じゃ比べても仕方ない。指標が指標として機能しない規格外だから、皇帝と比べても相対的に考えて僕の実力はどの程度なのかさっぱりだ。
そもそも魔法使いの強さはどう定義すればいいんだろう。
呪文を発動する範囲、威力、正確さ、持続力、連続性、速さ、そういう要素を総合的に判断するのか。
例えば僕とリズではどちらが魔法使いとして優秀なんだろうか。
護送車の中で僕は火を使い、リズは風を使った。
僕が火を使ったのは普段から使い慣れているし、使うのに不都合ではなかったからだ。ピンポイントで敵を倒すものとしちゃ、僕が使える中では最適だったと思う。次候補として雷系統があった。あれは感電の範囲計算が面倒臭いから近くに人がいる場所では使いたくない。下手をすれば自分が起こした電気で自分が感電するなんて間抜けを晒すことにもなりかねない。
対してリズは風を使っていた。
車内で風というチョイスは正解なんだろうか? あの場で風を選んだ理由はなんだ?
ただそれが得意なのか、他の魔法が苦手なのか。
あの後、僕らが制圧した監視役たちがどうなったか知らない。ニュースでもそういう話は一切出なかった。死んだのか、重傷で済んだのか。
僕は手加減しなかった。いや、手加減が分からなかった。対人で魔法を使ったのは初めての経験で、どれぐらいの威力でやればいいか分からなかった。とにかく、失敗は許されないから殺すつもりでやった。
あれで死んでいれば僕は人殺しってことになる。
そして、僕の感覚としては死んだと思う。
防具の隙間から炎を内側に潜り込ませた。その勢いで目鼻からも入ったようだった。頭部を内側から焼かれたら、ただの火傷では済まないだろう。
正直、いい気はしない。他に方法がなかったから仕方なく人間相手に魔法を使ったものの、できれば二度と御免だ。僕は人を殺したくて魔法を練習して来たわけじゃないんだ。魔法をそんな程度の低い存在にしたくない。
それでも、気が重いことにああいう状況はこれからも起きるかもしれない。
いや、皇帝から逃げ続けている間は起きると考えるべきだろう。皇帝が諦めてくれない限りは追っ手がどこまでも、いつまでだって追って来る。
完全に逃亡者だ。
素人でも簡単に人を殺せてしまえる
魔法は銃器より危険?




