2人の魔女
気付けば前の更新から半月余り
ううん、時間が経つのが早い
「そもそも、今日君らを救い出せたのは……ああ、そうか、そこからか」
なにか言いかけたハロルドは言葉を止めて一人納得した。いや、なにをどう納得したのかこっちは分かりませんから、言葉にして言って貰わないと。
「そもそもの話、君らはどうしてあの展望ラウンジにいたんだい?」
「それは……」
「先日のメッセージでは中央駅の銅像を指定していたはずだ」
ずばりと言われて少し驚いた。いや、驚くことはないんだ。あのメッセージを聞けたのは特定の人間だけ。聞こえた僕とリズはともに魔法使い。となるとメッセージは魔法使いに向けたもの。なら仲間に魔法使いがいるハロルドがメッセージの内容を知っていてもおかしくない。
「なにが起こるにせよ、直接あの場に行くのは危険に思えたから」
「だから、張り込みをしたわけだ。それは正しい判断だった」
あの銅像のところに行っていたら、僕もリズも生きていられなかったかもしれない。
「あの爆発はあんたらの仕業なのか?」
「いいや、違う。反皇帝派の人間の仕業ではあるだろうが、うちは無関係だ。さっきも言ったように大規模な組織があるわけじゃない。反皇帝を掲げる組織や個人はいくつもあるんだ。我々は血を流すのを良しとしない。
今回、うちの人間が動向を探っていたのは銅像爆破に関する情報があったからだ」
「銅像、っていうか中央駅爆破は反皇帝派側のテロなら、あのメッセージも?」
だとしたら、魔法使いを殺したいと考える人間が反皇帝派にいるってことになる。
皇帝憎ければ魔法使いも憎いんだろうか。
「いや、あれは皇帝側の仕業だと考えている」
「皇帝が? なんで?」
「理由はともかく、皇帝以外に不特定多数の魔法使いにメッセージを送るような真似ができると思うかね?」
そうか、技術的側面から考えると魔法使いを狙い撃ちにしたメッセージ送信なんて皇帝が手を貸さないと無理だ。
皇帝か、それに近い場所にいる魔法に詳しい人間の関与。
けど、それならそれでまた分からなくなる。皇帝が管理できていない野良魔法使いを始末したいと考えるのはともかく、爆弾を仕掛けたのは反皇帝派だ。矛盾するじゃないか。
メッセージで魔法使いを集めたのが皇帝なら、爆弾を仕掛けたのも皇帝じゃないと。
「これは想像でしかないが、利用したんじゃないだろうかと思ってね。
爆破テロは私の耳にも届いていた。秘密裏に行うべき計画が漏れていたわけだ。皇帝の耳にも届いていたと考えるのが自然だろう。そこで皇帝はこれを利用することにした。魔法使いにのみ聞こえるメッセージを出し、野次馬……好奇心旺盛な未登録の魔法使いたちを巻き込まれるように誘導した」
「そんな回りくどい真似しなくても、皇帝なら誰をどうするのも自由でしょう」
「手間を省いたんだろう。悪評も爆弾犯へ擦り付けられる。魔法使いを誘導した証拠もない」
メッセージがあったことを証言できるのは魔法使いだけだ。その証言があれば恐らくは皇帝が爆破現場に未登録の魔法使いを誘導したと証明できるが、未登録の魔法使いたちは僕と同じで表に出ようとはしない。出れば捕まる。既に管理下にある魔法使いは皇帝に不利な発言なんてするはずがない。つまり、立証不能。
ハロルドの言うように、魔法使いたちにメッセージを送るだけで登録義務を果たしていない、皇帝に消極的ながら逆らっている者たちを片付けられる。
そんな方法でこの街にいるすべての未登録魔法使いが片付くだなんて思ってはいないだろう。だから、展望ラウンジにいる人間が拘束されたんじゃないだろうか。
あそこは中央駅を見張るには絶好のポイント。
ひょっとしたら僕やリズだけでなく他にも魔法使いがあの場にいたかもしれない。爆弾を仕掛けた犯人だっていた可能性がある。あそこからなら、自分が仕掛けた爆弾がその役目を全うする様をしっかりと見ていられるから。
僕やリズが考えついたんだから他にも同じ考えの人がいたって不思議じゃない。もちろん、ただの観光客やジロウみたいに無関係な人もいた。けれど何人かは無関係とは言い切れない人だったんじゃないだろうか。
「先日、ジーンが入国したという話もある」
「ジーンって誰だ?」
「知らんかね。たまにニュースにも出るんだが。皇帝の側近にして直属部隊。特務官様だよ。まだ若い女性だが皇帝の信頼厚く、皇帝に次ぐ権限を与えられているという。『銀の魔女』の二つ名を持ち、その魔法の腕も皇帝には及ばないまでも他の魔法使いより遙かに立つ。
皇帝に抵抗を続けていた麻薬カルテル、一国の軍隊並の武装集団を単独で壊滅させた実力者だ。彼女は未登録の魔法使いに対しても厳しいので有名だ。未登録というだけで、皇帝の命に逆らっているわけだからね。皇帝の部下というよりも信奉者と言った方がいい。例え赤子であっても皇帝に逆らう者は決して許さない」
ジロウは知らなかったようだが僕は報道でその名を聞いたことがあった。
ハロルドは怪物のように語ったけど報道では皇帝の忠臣ぶりだけを取り上げていた。公式の場であっても皇帝は滅多に姿を見せない。その名代として送られるのがジーンやアリス。アリスは事務方の女性でジーンのように荒事はしない。首脳会談などに皇帝名代で出席して必要なことを皇帝に奏上する。
どこまで本当か知らないが、アリスもジーンも皇帝の愛人だとか。噂のハーレムの一員らしい。
「ジーンは軽々に動く人間ではないから、この国で大規模な叛徒掃討作戦でもやるんじゃないかと噂になっている」
「ほおん、んじゃ、あんたらも危ないんじゃないのか?」
ジロウの余計な指摘にハロルドは苦笑した。
「その通りだ。元々武闘派ではないんだからとこそこそしていたが、彼女の入国を聞いて以来、常よりも慎重な行動を各人に通達していた。が、今度のことで眼をつけられたと考えるべきだろう。真っ昼間からの無謀なカーチェイス。眼に止まらない方がおかしい」
「そんな危ない時期に、どうしてわたしたちを助けたんです?」
リズは踏み込んだ質問をした。僕としてはあんまり細かいことを聞きたくない。情報を一つ聞けばそれだけ組織に取り込まれる。
「助けていない、いや、助ける気などなかった。それは我々の計画になかったことだ」
「どういうことです?」
「君らを助けた三人、彼らの任務は偵察だった。我々は皇帝打倒より知識の守護者であることを優先している。爆破テロの情報を得ていても係わる気はなかった。しかしながら目の前で何人もが連行されるのを見て偵察班は我慢ができなかった。
こちらからは速やかに撤退しろと命令した。しかし彼らはその命令を聞かなかった。護送車を尾行し、逃げ出して来た君らを乗せた。逃走計画もなにもない行き当たりばったりの行動はとても褒められたものじゃないが、人道的観点からは共感できる。彼らは見ていられなかったんだ」
車に乗せて貰ってからの会話を思い起こせば、ハロルドが言ったように行き当たりばったりであったと思わせるやりとりもあった。
どういうルートで逃げるか。どこで僕らを下ろすのか。そういうことがなに一つ決められていなかった。
「だが、組織を危険に晒した。今、彼らはその罰を受けている」
ハロルドの言い回しに僕は引っ掛かるものを感じた。
「あの人たちはどうしたんです?」
「さあ、今はまだ分からない。追跡の手から逃れられるかは神のみぞ知る、だ」
逃げ切れないかもしれない、というわけだ。
僕らを助けてくれた人が、そのせいで命の危険に晒されている。申し訳ないと思う。けれど、僕にはなにもできない。
「君が気にする必要はない。彼らは立派な大人だ。自分の行いの責任は自分で取れる。君が考えるべきは今後のことだ。暫くはうちで手伝って貰うとして」
「は?」
僕がハロルドたちを手伝う? なんで?
「おいおい、そういう約束だろう。ついさっき貸しを作ったはずだ」
うん?
それはリズの話であって、僕は関係ない。いや、関係ないと思ってるのは僕だけなのか。
「ひょっとして、セット?」
僕は自分とリズを交互に指差した。
「そうだ。何分にも人手が無い中で大きなリスクを負うんだ。それぐらいして貰ってやっと帳尻が合う」
ハロルドの組織には僕らを手助けする義務はない。ここへ避難させてくれたのも行きがかり上というか、厚意だ。追い出されたって文句を言える立場じゃないのを思い出した。
「もちろん、どうしても家に帰りたいというのなら好きにするといい。私は無理強いはしない」
そう言われても、帰れる状況じゃないのは知ってるだろうに。
僕たちは逃げて来たんだ。そして、これからも逃げないといけない。
考えてみれば酷い話だ。
僕はなにも皇帝に反抗しようだなんて考えてない。魔法使いであることを隠していたのが反抗だと言われたらそれまでだけど、魔法使いの力を使ってどうこうしようなんてつもりはまるでなかった。
ただ、メッセージに興味を惹かれてなにが起こるかを見物に行っただけだ。
それだけで日常が無くなってしまった。
もしかしたら家に帰っても大丈夫かもしれない。追っ手と話し合えば誤解であると分かって貰えるかもしれない。もしも僕が伯父のことを経験していなかったら、そんな都合のいい妄想に縋っていたかもしれない。
不都合な大きな変化を受け入れるよりも、手前勝手な想像に流される方が楽だ。けれど現実は決してこちらが思い描くようには動いてくれない。そのことは伯父の経験で知っている。
一家丸ごと消えてしまった伯父。
僕は彼の二の舞にはなりたくなかった。
放っておいてさえくれたなら、静かな生涯を送れたのに。
いや、好奇心を出した自業自得?




