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科学は魔法とともに  作者: S屋51
逃避行の始まり

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17/18

『梟の会』のハロルド

新たな出会い

怪しい男

けれど恩人


          ※


「私はハロルドだ。『梟の会』の主宰をしている」

 下水の中をどれぐらいか分からないほど長く歩いた。そりゃもう、疲れて休みたくなるぐらい。

 先導したのは人ではなく小型の自律型多脚ロボット。

 元は戦場で活躍していたのが非武装の民生品が出回り、今では街の各所で人間の手足として働いている。

 僕らの案内したのは、たぶん公共ネットにも繋がず、色々カスタマイズしてあったと思う。

 そして辿り着いたのは巨大な図書館としか見えない場所だった。

 広大な空間を無数の書架が埋め尽くし、その書架を数え切れない紙の書籍が占めている。今時、これだけの数の紙の書籍がある施設があることに驚いた。

 そこで僕らを待っていたのはスーツ姿、無精髭を生やして小太りの中年の男で、酒の臭いがするわけでもないのにどこか酔っ払いに見えた。

 ハロルドは受付の司書が座るべき場所に座っていたが、僕らが近づくと立ち上がって挨拶し、手を差し出して来た。が、誰も握手しようとはしないのを見て取って手を引っ込めた。いや、しないでしょ。何者かも分からないおじさんと握手なんて。

 握手をさりげなく拒絶されたハロルドは怒るでもなく、受付カウンターを椅子代わりにして座り、立ったままの僕らと向き合った。

「ジロウ・サカグチだ。こいつはジョン・リーフレット。あっちのは」

「エリザベス」

 リズはジロウに紹介されるより先に自分で名乗った。ラストネームを省いたのはフルネームを知られたくなかったからかもしれない。

「で、名よりも何者かを教えて欲しいね」

「何者かというのは哲学的な質問かい?」

「いいや、そのまんまの意味だ。職業でも肩書きでも」

「『梟の会』主宰だとは言った」

「その会がなにか分からん」

「反皇帝を掲げる勢力と言えばいいかな」

「だろうな」

 ジロウは唇を歪めた。

 抵抗勢力、反皇帝派、そんなことは聞かずとも察しはついていた。皇帝の部隊に追われる人間を助けようというのは彼らしかいない。

「それで、君らは魔法使いということでいいのかね?」

「こいつらはな。俺は一般人だ」

 僕もリズも自分から魔法使いだと言った覚えはない。まあ、言わずとも目の前で魔法を使ったんだ。魔法使いだって分かるに決まってる。

「逃げたということは、未登録?」

「まあね」僕は頷いた。

「そう」リズも同じようにする。

 リズが魔法使いであることは、彼女が何故あの場にいたかを考えれば分かることだった。

 なんのことはない。僕は自分が何故あそこに行ったのかを考えれば良かったんだ。僕はメッセージを受け取り、午後二時に中央駅で何かあると知った。ただ、直接現地に行くとなにがあるのか分からないから、少し離れた場所から観察をしようと考えた。

 メッセージを受け取った理由はたぶん僕が魔法使いだったから。

 なら、魔法使いの適性がある人間なら、あのメッセージを受け取れたと考えることもできる。ただ、僕のような未登録魔法使いは正体を隠しているから、誰が自分と同じ魔法使いであるかは分からない。リズがその一人だなんて思いもしなかった。

 そしてそれは鏡映しのようにリズにも言えることだったわけだ。

 未登録魔法使いのリズは僕と同じメッセージを聞いて、同じことを考えた。中央駅でなにがあるのかは気になるが、現地に行くリスクは冒したくない。となると、あの展望ラウンジは最適解だった。同じことを考えた魔法使いが集まるのは偶然的必然。起こるべくして起こることだった。

「なら、逃げて正解だな。報告を聞いただけだが、君らレベルだと生涯監視され行動の自由を奪われる。逆らえば命はない。皇帝は魔法使いを管理し、従わない者は容赦なく消す」

「そんなことより、携帯貸してくれない? 他の連絡手段でもいいけど」

 割と重要な話な気もするけど、リズは初めて会うハロルドに物怖じしなかった。

「今の状況を家族に報せたいんだけど、さっきジョンに携帯捨てられちゃったから」

「あれは、持ってると居場所がバレるから」

 調査が進めば必ず携帯は足枷になる。基地局のログを拾えば僕らの逃走経路も分かってしまう。だから、携帯を捨てるのは必要なことだった。

「それ自体は別に怒ってない。ただ家族に連絡する前に渡したことを悔やんでる。こういう場合、家族も危ないでしょう?」

 それはハロルドへの問いだ。

「過去の例からすれば、未登録の魔法使いと判明した場合は家族も拘束される可能性が高いね。特に当人が逃走していれば間違いなく家族が捕まる」

「やべ、俺もしてねえ」

「ケイティにメッセージ送っておいたから、そっちから連絡が行くと思う」

 ジロウも今更ながら慌て始めたが、そっちはたぶん大丈夫だ。ケイティ経由で情報は伝わるはずだった。

 問題は、逃げろという主旨のメッセージが来たからと言ってすぐに行動に移せるかということだ。

 うちの両親はともかくケイティの家族は楽じゃないだろう。

 指名手配犯のように常日頃から逃亡の準備をしているならともかく、一般人には難しい注文だ。天災の類いなら咄嗟の判断でまず命を守る行動を取れるかもしれないが、今回はそうじゃない。僕が魔法使いであることを隠して来たのも悪く働くだろう。いきなり、僕が魔法使いであることがバレたから逃げろとか言われても、魔法使いの時点で、なんだそれ、と首を傾げることになる。首を傾げてるその僅かな時間が致命傷になりかねないというのに。

「悪いがここから外へは連絡させられないな。ここの存在が知られると困る」

 ハロルドの返答にリズは表情を変えなかった。いや、良く見ると小さく唇を咬んでいる。家族の身を案じるなら一刻も早く連絡したいんだろう。その辺は申し訳ないとしか言いようがなかった。携帯を捨てる前に一言言うべきだった。僕も慌てていたから、リズのことまで気が回らなかったんだ。

「なら、あなたの仲間に頼んで保護して貰えない?」

「随分と図々しい頼みだ。私たちが君のご家族を保護して一体なんの得があるんだい?」

「当面、あなたたちに力を貸すと言ったら?」

 魔法使いは希少な存在ではある。ましてリズぐらいの力がある魔法使いはそうはいないだろう。と、僕が言うのもなんだが、僕らはそれなりに価値があると思う。ただし、適材適所、必要とされる場にとってはの話だ。

 ハロルドは笑い、

「自分に自信を持つことは悪いことじゃないが過大評価には気をつけることだ。特に人に売り込むときは。

 いやいや、確かに魔法使いは希少だ。しかし、我々の組織にだってそれなりの魔法使いがいる。君らの力を直接見てもいないのでなんとも言えないが、うちの連中より価値があるとは思えないな」

 一瞬、リズの顔が赤らんだのを僕は見逃さなかった。

 自己評価が高すぎたことが恥ずかしかったのか、ハロルドのこちらを軽んじる言葉が腹立たしかったのか。

「気に障ったなら失礼。決して君らを馬鹿にする気はない。ただね、うちもさほど力のある組織じゃないんだ。魔法使いは貴重だがその他のメンバーだって大事だ。その貴重な戦力を危険に晒す価値が君らにあるかどうかは甚だ疑問だ」

「こんなでかいアジトを持ってるのに弱小ってこたないだろ」

 ジロウは図書館を見回す。

 ちょっとしたショッピングモールぐらいの広さがあるんじゃないだろうか。ただし、並べられているのは商品ではなく書籍だ。

「ここは今は私が管理しているが私だけで作り上げたわけじゃない。かつて存在した大きな組織が皇帝の焚書から知識を守るために作り受け継がれて来た。

 皇帝は科学の発展を止めた。押し戻そうとさえした。これはとんでもない暴挙だ。反皇帝になる理由は様々だが知識の保護は共通認識だよ」

「ということは、ここは失われた知識の宝庫?」

「そういうことになる。様々な国の、主に科学分野の書籍が集められている。世界各地にこういう施設があるらしい。ここまでの規模はそうは多くないだろうが。

 稀覯本もあるが殆どは皇帝以前の時代ならネットでも買えたようなものだ。それも今や稀覯本扱いだがね」

「貸しにしておいて」

 僕とハロルドの会話にリズが割って入った。いや、脱線してたのは僕らの方か。

「貸し?」

「ええ、貸しにしておいて。必ず返すから、わたしの家族を保護して」

 ふむ、とハロルドは難しい顔をした。

「協力はしたいが、さっきも言ったように人手不足だ。できるのは精々メッセンジャーだが、それでもいいかね」

「それでいい」

 困った注文だ、とばかりに吐息してから、ハロルドは受付の内側を覗いて紙とペンを取り出した。

「メッセージを書いて、裏にはそれをどこの誰に届けるのかをできるだけ詳細に。届ける相手は一人きりだ。これが私にできる精一杯だ」

 リズは、分かった、と紙を受け取って早速メッセージを書き始める。家族が心配なのは当然だ。一秒でも早く急を報せて安全を確保して貰いたいと思うのも。

「反皇帝組織があるのは噂に聞いてたけどよ、一つ分からないんだ。聞いてもいいか?」

 ジロウが、ずい、とハロルドに詰め寄った。

「聞くのは自由だ」

 ただし答えるとは限らない、とは付け加えなかった。

「皇帝は各国首脳の上に存在するんだろ。政治のあり方はその国の政府によるわけだ。税制や福祉なんかもな。生活に直結しない存在なのに、どうして命をかけてまで反抗するんだ?」

「君は今の世界が正常だと?」

「質問に質問で返すなよ。大体、自分の常識こそ正常ってのが一番危ねえんだ。戦争を起こして来たのはいつだって『正しい人々』だろ」

 宗教、政治理念、過去に起こった戦争の動機の多くがそれで説明できる。そして、起こした者は常に自分の正当性を唱えて来た。

「私も皇帝を全否定はしない。彼の方法はともかくもたらした結果には素晴らしいものもある。戦争の調整、核の廃絶、異常気象の抑制。それまでの人類になしえなかったことを皇帝はやってのけた。

 しかし、それでも認められない。

 一つには皇帝は自分にとって都合の悪い人間を消すという暴挙を何度も繰り返して来た。我々の身内の多くは親しい間柄の人を皇帝によって消された者たちだ」

 不意に伯父さんの顔が思い出された。

 皇帝によって存在そのものを消された伯父の家族。皇帝のやり方に不満がないわけじゃない。でも、余りにも強大だから逆らうこともできない。

「一つにはさっきも言ったように知識を封印したこと。人類の発展を阻害する権利が彼にあるとは思えない。

 一つには人類を母数にすればその被害は微々たるもので実質無害であっても存在そのものを容認できない。同じ人間でありながら神の如く敬うなどできない。しかも教え諭すのではなく暴力による服従など。それは神への冒涜であり、人類に対する重大な裏切りだ」

「要するに気に入らないからだな」

「ま、そう言っても間違いではないね」

 なんだそれ。

 ジロウとハロルドは通じるものがあったのか互いに微笑んだ。

「これをお願い」

 メッセージを書き終わったらしく、リズが紙をハロルドに突き出した。

 ハロルドはそれを受け取ってからざっと眼を通し、

「少し待っていてくれ」

 そう言って受付の奥へ入って行ってしまった。そこに特別な通信機でもあるのか、それとも抜け穴でもあるのか。覗いてみたい衝動に駆られたがやめておいた。今はおとなしくしておいた方がいい。

 五分ほど待たされた。

 戻って来たハロルドの手にはさっきの紙はない。

「手配はした。保証はできんがね。では、君らのこれからについて話そうか」

「その前に、勝ち目はあるのか?」

「皇帝に対して? ないな、残念ながら」

 ハロルドはあっさりと負けを認めた。反皇帝の組織なんてやってるんだから、なにか逆転の手でもあるかと思ったのに。

「考え違いしないで欲しい。反皇帝であっても武力行使が優先事項とは限らない。少なくとも我々は知識を守ること、そして皇帝を探ることを第一にしている」

「探ってるってことは、皇帝を討つ気はあるってことだな」

「まあ、皇帝の魔法をなんとかできるようならその知識を他の組織と共有して行動するつもりはある」

「他の組織?」

 リズが眉を寄せた。

「ああ、他の組織だ。反皇帝の組織はうちだけじゃない。ネットインフラを皇帝に押さえられているから広範囲での連絡はとても難しく、結果、各地で横の繋がりの希薄な小規模な組織が作られることになっている。そのうちのいくつかは存在を把握しているが、そんなものは全体のほんの一部に過ぎないだろう。反皇帝の勢力はもっとずっと多いはずだ。

 もし皇帝から魔法を奪うことができるなら、無理をしてでも多くの仲間を集い、一気に攻めるべきだろう」

 今は皇帝の魔法を封じれないから攻撃はしない、ということだ。

 かつて、世界中の軍隊が皇帝に対峙して敗北した。その歴史的事実から考えれば準備が整うまで不用意に仕掛けないのは正しい。例え数百万の軍勢であっても、かつての戦争の二の舞になるだけだ。

 皇帝は寸鉄帯びずに戦車を破壊できるんだ。魔法がある限り無敵だ。



勝ち目のない戦いはすべきじゃないですね


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― 新着の感想 ―
完全に零細レジスタンスの仲間ルート。 頼れる(?)兄貴分と美人魔法使いのヒロインが居るとは言え、なかなかのハードモードですね。しばらく陰鬱なストーリーになりそうだ。 (「主催」と「主宰」。別に誤字…
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