揺れる車内で
ちょっとした好奇心からの行動で引き返せない場所に……
アクション映画は嫌いじゃない。古い時代のも、現代のも何本も見た。
映画の中で主人公たちは現実には無理だろうという危機を何度も何度も脱する。激しいという表現すら生温い、弾丸のバーゲンセールのような銃撃戦も映画の醍醐味の一つで、主人公、或いは主人公グループ数人を殺すために一個小隊でも全滅させられそうなほどの弾丸が消費され、しかし主人公たちはほぼ無傷でその危機から逃れる。
あれは現実的じゃない。と言ってしまったら身も蓋もないけど、あれだけ撃ちまくって主人公たちを仕留められない、大した傷も負わせられないのは逆に奇跡に近い。実戦の場であんな非効率だったら軍隊は弾薬費だけですぐに破産してしまう。適当に撃ったってあれだけ撃てば一発ぐらい当たりそうなものだ。態と狙いを外しているなら話は別だが。
映画の銃撃シーンの非効率さはアクションを楽しませるためのもの、と思ってましたついさっきまで。
僕もジロウも、そしてリズも一発も当たっていない。怪我らしい怪我もない。
あの場に何人の兵がいて弾倉をいくつ使い切ったのか知らないが、あれだけ撃って目標たる僕らが無傷というのは無駄弾が過ぎる。
「後でじっくり話を聞くからな」
ジロウが僕に小声で言ってからバンの中にいる男たちを向いた。器用なことに、ジロウはどこで拾ったのか小さなピンのようなもので手錠をあっさり外している。どこで覚えたの、それ。
いや、役立つからいいんだけど、僕のも外してくれるんだよね。
車はまだ暴走に近い速度で疾走している。逃走中であるからゆっくり話し合いができる状況ではなく、右に左にと激しく揺れるものだから下手に口を開けば舌を噛みそうで、リズは青い顔で座席にしがみついていた。飛び乗ったから座席に座って身体を固定する暇なんてなかったんだよね。
しかし酷い揺れだ。
運転モードをオートからマニュアルに切り替えているのは当然ながら、標準仕様の自動ブレーキも面倒な手順を踏んだ上で切ってるっぽい。そうじゃなきゃとっくに自動ブレーキが掛かって止まってる。
普通、緊急車両でもない限りは自動ブレーキシステムは勝手に切れない。とは言っても何事にも抜け道があって小細工をすればユーザ側の判断で切れるけど。でも大抵の車両は保険に入り、その動きを保険会社にネット経由でトレースされてる。不審な動きや事故と思しいアクションが感知されると対応部署に連絡が行き、ユーザの安全を確認するのが一般的だ。
法令で義務化されている標準の安全装置をそのままにした上でこんな荒っぽい運転をしてたら警告音が鳴りっぱなしになるだろうし、通報されまくってる。そういう気配がないということは、それだけで正規利用されていないことの証だ。
「助けて貰ってなんだが、あんたら何者だ」
ジロウが僕らを車に招いた男に尋ねた。
ジロウは、たぶん僕らの中で一番年長であることで責任感を感じている。昔からそうだ。
ケイティ、僕、ジロウの三人は良く一緒に遊んだ。ジロウは一番年上だから大人はなにかとジロウを頼りにして、年下二人の世話を頼んだ。そういう癖があるからか、ジロウはいつだって兄貴分気取りで、僕らの世話を焼きたがる。
「今じゃないと駄目か?」
帽子を被った若い男が左右に揺れながらなんとか言葉を発した。
手に拳銃を持っている。やっぱり、真っ当な人たちじゃない。警官にも軍人にも見えない。そして皇帝の兵から逃走している上に拳銃。それも今時のタイプじゃなくて五十年ぐらい前の型だ。弾の規格は今も使われているけど、銃そのものは骨董品だ。
「あんたらが味方って保証がないから、できればすぐに教えて欲しい」
帽子の男はもう一人の禿頭の男と顔を見合わせた。後部にいるのはその二人だけだ。禿頭の男は背が低く、肩からAK47系統なんて前時代からの遺物をぶら下げていた。丈夫なので有名なAK47系統の自動小銃は確か誕生から一世紀以上が経った今でも世界中で作られ、使われてる。禿頭の男が持つのはかなり古いタイプのように思えたが細かい見分けができるほどには詳しくない。
「少なくとも敵じゃないつもりだ。危険を承知で手助けしているんだから、そこは信用して欲しい」
帽子の男の言い分はもっともだ。
皇帝の兵から逃げている僕らを助けることは皇帝に逆らうことになる。それは世界を敵に回す行為と言ってもいい。いや、大袈裟に言ってるんじゃなくて本当にそうだ。人間社会のあらゆる法の上にいる皇帝に逆らえば極刑相当の重罪だ。当然、逃げてる僕らも同様だけど。
「どういう理由であれ、希少な魔法使いが潰されるのを見ていられなかった」
禿頭の男が弾倉を確認しながら言った。
運転は激しいままだ。外から警告音声やクラクションの音が苦情を申し立てて来る。週末の市街地を暴走すれば当然そうなる。道路交通法もなにもかもを無視し、他の車両の間を縫って進んでいるんだから。まだ事故を起こしていないのが奇跡に思えた。
……それはそれとして、僕は携帯を取り出して両親とケイティにメッセージを送る。直接会話が良かったかもしれないが、車中の状況を考えると口を開くのはきつい。リズの顔色が青から土気色に変わって来たのは酔ったせいだろう。吐くかもしれないな。
「リズ、ジロウも携帯を」
メッセージを送り終えた僕はケイティとジロウにそう言って手を出す。二人は一瞬考えたが僕の意図が分かったらしく携帯を渡してくれた。
本当なら個人情報の入ったチップを抜き取って破壊するか、端末を完全破壊したかったが余裕がない。窓から投げ捨てるだけで精一杯だった。誰か拾ってもセキュリティがあるから中身を覗くには専門家の手を借りねばならないし、運が良ければ誰にも拾われないで済む。投げ捨てた衝撃で壊れてくれてもいいが、内部の完全破壊までは難しいだろう。
先月新機種にしたばかりだから捨てるのには精神的抵抗があった。でも、携帯端末は一般に普及した頃から所在を特定するのに一役買って来たツールだ。今はまだ僕らがどこの誰か知られていないが、身元が割れるのは時間の問題で、そうなると契約してる携帯端末の場所を探られてしまう。逃げるなら、早めに始末しておかないとならなかった。
まあ、今もまだ追って来てる敵を振り切れなければ意味ないけど。
「コントロール、かなり不味い状況だ。指示をくれ」
運転席から声がした。
『指示を無視しておいて、今度は助けろって?』
女性の声はどこかに仕込まれたスピーカーからだろう。
「説教は生きて帰ってからにしてくれ」
『次の交差点を左折、二本目を右折するとアンダーパスがあるから荷物を下ろしなさい。猶予は二十二秒』
「あんたら、下りる準備しろ」
運転手が僕らに向けて大声をあげた。
下りろって言われても、現状すら把握できていない。それでも言われたことは理解した。その言葉に従うべきかどうか、従うことが正しいのか否か。考えている余裕もなく、そのときはすぐに訪れた。
身体を押しつけられるようなGを伴った急ブレーキ。
禿頭の男が素早くドアを開けて僕らを蹴り出すようにしてそこへ下ろす。
長いアンダーパスには他に車両の姿はなく、僕らを乗せて来たバンも事情を説明もせずに走り去った。
「おい、こっちこっち。急げ」
声の方を向けば、マンホールの蓋が持ち上がっている。躊躇する僕をジロウがリードして地面に空いた丸い穴に。
僕らが全員下りるとどういう仕掛けかマンホールの蓋は自動的に閉じ、直後、重い車両が数台頭上を爆走して行くのが音と振動で分かった。バンを追う車両だとは分かったがその後のバンの運命までは分からなかった。
こういうカーアクションって、実際やったら事故りますよね、普通
海外の実際のカーチェイス映像も最終的にクラッシュしてるような




