初めての共闘
ちょっとペースアップ
「ちょっとまずいな」
ジロウの呟きは間違っている。ちょっとどころの話じゃなくとんでもなくまずい状況だ。
「自分で黙ることができないなら手伝ってやる」
監視役の一人が拳銃を抜いた。と思った刹那、無造作に男の頭を撃ち抜いた。狭い車内に、しかし銃声は意外なほど響かなかった。銃声を抑える細工済みらしい。
何人かが悲鳴と驚きの声をあげた。パニックになりかけたのを発砲したばかりの男の怒声が強制的に鎮める。
「静かにしていろ。そうすれば死なずに済むかもしれん」
銃を持ってそう怒鳴られたら口を閉ざすしかない。涙目になっている人もいた。恐くて叫びたいのを必死で声を殺している。
生き残る可能性……。その可能性とやらはどれぐらいあるのか。
ここから逃れるにはどうすればいいのか。僕は必死で考えた。このままどこかの施設に収容されたらそれこそ脱出は困難になる。逃亡するなら移動中の今しかない。けれど……。
僕が逃げたら家族はどうなるんだろうか?
ここを上手く逃げ出せたとしても、僕の身元はすぐに知られるだろう。足跡を消すような細工はしていない。する必要性も感じていなかった。旧テレビ塔、その周辺施設に設置されたカメラから僕の姿を見付け、その身元を調べるなんて簡単なお仕事だ。
そうなれば当然実家にも武装した連中が押し掛ける。警察も動員されるかもしれない。
僕は決してテロリストじゃない。家捜ししたところでテロを思わせるようなものなど出ないだろう。けど、それで諦めてくれるほど真っ当な相手じゃない。両親を捕まえ、情報を引き出すために拷問にかけるぐらいのことはやりかねない。
僕の伯父さんは家族ごと消えたんだ。
このままおとなしく連行されて僕が殺されれば両親は助かるかもしれない。ただの巻き添え被害で済むかもしれない。
ただし、それは僕が魔法使いであるとバレなかったときの話だ。
僕の伯父はかつて皇帝の機関によって無かったものにされた。その甥である僕が魔法使いであることを隠していたと知れたら、ただ忘れていたとか、面倒だったなんて理由は通じない。
両親だってただじゃ済まない。伯父の兄弟なんだから。
いや、だとすれば僕が魔法使いかどうかなんてまったく関係ないんじゃないか?
僕がこうして容疑をかけられた時点で両親の運命も自動的に決まったようなものだ。
疑わしきは罰せよが彼らのやり方だ。両親は必ず巻き込まれる。既に巻き込まれている。酷い目に遭う、殺される。伯父と僕のせいで。僕が野次馬根性をだしたせいで家族が死ぬ。
それに……
ケイティだってどうなるか。
僕と親しい関係にあったというだけで疑われるには十分だった。
本当に、詰んでる。
逃げても逃げなくても行き着く先は一家全滅だ。回避するにはどうすればいい?
なにもしなければ終わる。なにかしてもたぶん終わる。どんなに可能性は低くとも生き残るには行動を起こすしか手がない。僕の命だけの話じゃない。家族の命の問題でもある。
それじゃ、僕一人で武装した二人を倒し、その後も脱出できるかって言うとかなり厳しい。
一人なら刺し違える覚悟でやればなんとかなる。実際には刺し違えたら駄目なんだが、それぐらいの気持ちで突っ込まないと勝ち目はない。
で、後一人が残る。
この場にいる拘束された全員で示し合わせれば二人を制圧するのも不可能じゃないだろうが、それは無理だ。お互いに知らない者同士でそんな連携が取れるはずもない。話し合いの時間でもあればともかく、今ここで即興をやるのは無理筋だ。
ジロウに任せるか?
さすがに素手で、しかも手錠を填められた状態で武装した相手に襲いかかるのは自殺行為だ。可能性があるとすれば……。
護送車がどこへ向かっているのか知らないが、目的地に着く前に逃げ出さなければ意味がない。早く早く早く、行動を起こさないと。
リズを見ると彼女も僕を見ていた。
どうやら、僕の想像は当たっていたらしい。
リズがあの場に居合わせた理由。偶然なんかじゃない。僕らは実は似たもの同士らしい。
できるか? 本当に?
僕は魔法を使う練習をして来た。でも、人間相手に使ったことはないし、人を殺したこともない。そう、殺さないと駄目だ。無力化すればいいなんて余裕がある状況じゃない。息の根を止めるつもりでやらないと失敗する。
僕にそれができるか?
リズには?
視線を送ると彼女は小さく頷いた。僕がなにをやろうとしているか理解してくれたようだ。
タイミングを見定める。監視の眼が一瞬それたときを逃さず、僕は立ち上がり監視の男に突撃した。不意打ちをすれば僕の体当たり程度でも大人の男を倒すぐらいできる。問題はもう一人から攻撃されることだ。が、もう一人の監視役はほぼ同時にリズの突撃を喰らって尻餅をついていた。
それを横目に見ながら僕は炎に呼びかける。隣でリズが風に呼びかけていた。そうか、彼女は風系統が得意なのか。
倒れた監視役が銃を僕に向けるより先に炎を顔面にお見舞いする。頭部はヘルメットとフェイスガードで守られていると言っても防護服のように密閉されているわけじゃない。炎が頭部を包み、隙間からガードの内側へと入り込むと監視役の男は銃を撃つどころじゃなくなった。
のたうち回る男の隣でもう一人の腕が転がる。見ていなかったが一瞬で腕を切断されたようだ。凄いというか惨いというか。
血が飛び散ったものだから今度こそパニックが起こった。
僕らは後部の扉を睨む。
ロックされていて簡単には開かない。人間の力だけではまず無理だろう。
けど、魔法なら?
炎を呼び出す。できるだけ沢山、できるだけ高密度に。
ぐっと溜めて弾き出すと、爆音とともに扉が吹っ飛んだ。ただ、余波が僕らの方にも及んで一瞬顔が熱くなった。作用反作用の法則。密閉された空間で爆発を起こすのは危険だ。それぐらい分かっていた。逃げ出すにはそれしかないからやっただけだ。
「ちょっと、殺す気?」
リズが咳き込みながら不平を言った。
「後、どうにかなる?」
後ろの扉を吹っ飛ばしたものの車両はまだ走行を続けている。飛び降りれる速度じゃない。
「掴まって」
「おい、待て」
僕が咄嗟にリズに掴まると、その僕にジロウが掴まって来た。刹那、三人の身体がふわりと浮いて車外に飛び出す。
徐行にすらなっていない通常走行中の車両から飛び降りればどうなるか。地面に叩き付けられたら死ぬか瀕死になるか。睾丸が竦み上がり、僕はぎゅっと眼を閉じた。
僕ら三人仲良く路上のミンチになる、と思っていたが一向に衝撃が来ない。恐る恐る眼を開けば、路肩に立っていた。なにが起こったか理解するより前にブレーキ音が連続し、僕らを乗せていた護送車とそれを護衛していた車両が急停止して武装集団が下りて来た。
リズはなにも言わずに走り始め、僕もただ反射的に倣った。
とにかく逃げなければ、と思考が追いついたのは走り出した後だ。
「くそ、なんだってんだ」
僕と並んで走りながらジロウがぼやく。それに被せるようにして小さな銃声が連続する。武装集団が僕ら目掛けて掃射を始めたんだ。もう僕らを殺す気満々なのを隠そうともしていない。しかも街中での発砲。
通行人の悲鳴が上がり、通り縋りの車両に弾丸が命中する硬い音といくつもの急ブレーキ音、それに衝突音。破壊を示す複数の音声には、僕らを掠めて行く銃弾が切り裂いた風の音も含まれる。
よくもまあ当たらなかったものだ。
最初の角を曲がったところで一台のバンが行く手を阻んだ。回り込まなければ進めない。大した距離でもないがTPOを弁えずに乱射して来る集団に追われていてはその僅かな距離ももどかしい。
「乗って!」
バンの後部ドアがスライドして若い男が僕らを手招きした。
彼らが何者で、僕らをどうしようというのか。浮かんだ疑問を解消する余裕などなく、僕らは文字通りそのバンに飛び乗った。ドアが閉まると同時にバンは急発進する。車体に何発もの銃弾が撃ち込まれ、窓も割れた。ガラスが飛び散り僕らはただ身を低くして、車が一刻も早く銃の射程から脱することを願うしかできなかった。
走行中の車から飛び降りる
映画なんかでも良くありますけど、普通大怪我しますから
決して真似しないように
魔法が使えるなら、その限りじゃありませんが




