明暗
私がいるのは暗い地獄だった。暑さを感じないのに喉の渇きを感じる砂漠のようだった。灰色の空間は私の心の色までも灰色にする。私の思い描いていた食べ物の色やその時着ていた服までも灰色にするような感じだった。私も灰色に染まって行く。
「そんな設計するのは多分ここはあいつの家ってことには間違いなさそうね。」
「それしか考えられないでしょ。人の家まで行ってそんなことする人いないでしょ。小説の無理ある設定じゃないんだし。」
「ここには窓がない。今気がついたけど。」
「逃げられないようにする為よ。」
前より灰色の色が濃くなってる感じがした。
「アリッサ、頭が良いなら何か良い方法とか思いつかないわけ?」
「頭が良くても逆境にちゃんと引き出しの物を使えなくちゃ意味ないわ。」
「こっちの壁を壊す方法を考えよう。」
「流石に音で気がつかれる。さっきレベッカとあの男の会話聞いてたけどあの男はかなり徹底してる男よ。時間を正確に測ってるし戻る時間はバラバラ、確実な方法とは思えない。」
「現実的なことしか言えないのね。誘拐されてそんな経ってないはずなのに何か思い切って出来ないの?」
「何様のつもり?私は好きで誘拐されたわけじゃないのよ。それにこっちは解決方法をちゃんと考えてるのに。がっかりね。」
「がっかりするなら結構よ。ここを出たとしてもあんたとは被害者って言う同じ立場しかないから。友達なんかにはなれない。被害者の会とかも参加なんて考えない。やるとしたらあの男を訴えるくらいよ。」
この時の私は現実的で人生にあきらめをつけたような感じだった。夢と希望はまだかすかに残っていたが、絶望のこの空間ではそれを許さない。同じ立場のアリッサの意見ですら希望の架け橋に思えないくらいの状況だった。
「私達、顔を合わせずにずっと話してるけどあんたはどんな顔を想像してるの?」
「私より幼い子の顔よ。私は高校生で、あなたは小学生だからずっと幼い顔が頭に浮かぶね。」
「それは自分と同じ顔?」
「声だけじゃ分からないからきっとそうね。」
アリッサの顔を想像した。彼女はインテリの女子高生。見た目は褐色の髪をして顔は少し大きくて身長は160後半と言う感じだと思った。モデルのように綺麗な見た目をしてる感じではないだろう。外見を整えることに重点をおいてるようには思えない。また同じような想像をした。私の中の彼女の人間像は変わることはない。きっと会うだろうその日まで変わることはなかった。
「何となく思い浮かぶイメージは癖っ毛な黒髪の少女ね。」
「癖っ毛は悪い意味?」
「良いとも悪いとも思わない。生まれ持ったものだから。」
「どんな感じに癖っ毛なの?具体的に言って。」
「言葉では表せない。」
「嘘だ。」
「私を嘘つき呼ばわりしないで。生まれて嘘なんて一回もついたことないんだから。」
「ついたことないんじゃない。上手く隠してるだけよ。」
私は彼女を問い詰めた。彼女は問い詰めれば問い詰めるほど言い返してくる。
「隠し通せば嘘だったこともなくなる。きっとこう考えてるわ。だから今聞いてるわけ。」
「あんた本当に小学生?もしくは警察官や弁護士とか何かに憧れて映画など見漁ってるつもり?」
「私には何となく分かるの。顔を見なくても分かる。あんたは嘘をついてる。正直に言ってみて。」
「分かったよ。そう言えば良いのね。路上生活してて髪があまり整えられてない少女よ。髪は毛先がボサボサね。最初から路上で生まれたように。髪の色は黒髪ってところかしら?これが私の考えたことよ。満足かしら?」
「嘘つきだったんだ。そうね。バレないような嘘がつけるから優等生なのね。」
当時の私は路上生活とは無縁だった。全く関係ない世界だと思ってたくらいだった。彼女が壁越しで見た私への眼差しは同情の混ざった蔑みだ。確かに可哀想という同情はある。しかし彼女が出来るのは自ら危険は避けるボランティアか金で支配する寄付。そんな所だろうと今になって思う。
「嘘つきって言うならいくらでも言うと良いわ。ここで下らないこと言い争って何になるわけ?言い争えばこの状況から抜け出せるわけ?私はこんな所で言い争いしてるくらいならとっとと抜け出して普通の生活に戻りたい。こんな手錠やロープで縛られて心まで支配されてる状況なんて普通とは言えない。私には夢があるから。」
彼女は希望に満ちていた。私が今置かれてる状況とは正反対だった。アリッサが希望、私が損失そのものだった。
「争ったつもりはないわ。ただ私は嘘つきが嫌いなだけ。だけどそれで上手くいくなら一時的に協力してやっても良いわ。何度も聞くようだけど勝算はあるわけ?」
「はっきり言ってない。まずあんたから話せることはあるわけ?」
私は彼の特徴を全て話した。何をされたかまでは話さなかった。希望に満ちてる彼女に恐怖の手錠をかけたくなかった。その時少しばかりの善良が私には残っていた。
「とんでもないペドフィリアな獣ね。善良な市民を装って信頼を勝ち取って騙して誘拐なんて。」
「最初外で対面した時は私にも友達にも運命だと思ったわ。だけどここで再会した時も運命だったの。最悪な運命を導く男よ。私はあんたの言うガキだから信じてたし、一緒にいる時間はそれは楽しかった。年の離れた友達だと思ってた。だけど今はただの変態野郎よ。ロリコンで詐欺師でサディストなサイコパス野郎よ。」
「嫌なこと聞いてごめん。そんな辛い思いしてると思わなかった。」
「謝らないで。同情されてるようでどんどん惨めになるだけだから。」
しばらく沈黙が続いた。
「静かに。来るわ。」
サイモンの足音が聞こえた。だんだん近づいて来る。彼はアリッサの部屋に入った。
「お前、名前は何だ?」
「アリッサです。」
「今手錠を解く。もし逃げたりしたらその時はお前をこの銃で撃ち殺す。それに外には無数の猛犬がいる。ピットブルだっている。こんなもろい身体で噛まれたおしまいだ。犬達は全員俺の言う事を従う。」
私は黙って二人の様子を聞いた。
「ついて来い。」
再び手錠をかけられてどこかに連れて行かれる。彼女がどこに連れて行かれたのか分からない。私は彼女がどこに連れて行かれて何をされているのか想像した。きっとシャワーを浴びさせられてるのだろうか。彼に見られながらシャワーを浴びさせられてる可能性もある。シャワーの時にジロジロ見られながら何かを指示してるかもしれない。もしくは別室に連れて行かれたのかもしれない。彼女がさっきいた部屋よりもっと劣悪な環境な部屋に移動させられたのかもしれない。孤独で不衛生で劣悪な部屋に。もしかしたら私と同室になるかすかな希望もあったがそんなことはあり得ない。きっと私と手を組んで抜け出すのを見据えてるかもしれない。そんなことばかりを想像した。
「今頃何してるんだろう?」
私の部屋は灰色が少し濃くなるような感じがした。ずっと見てるせいか頭だけじゃなくて目まで変になってしまったと思った。光を浴びず何日たったのかすら忘れた。その時の私はサイモンとアリッサ以外とは遠い存在になった。いや遠い存在にさせられた。大地に恵みを与える土、そこに伸びる草、草を食べる生き物、青い空と雲、全ての人を平等に照らすはずの日差し…ほとんどのものが遠い存在になった。外にいないのに私は外の存在になった。日差しを平等に浴びる存在に入ることを許されない身分になった。日差しは私にとって贅沢品だった。ここを照らす光は私が見る為の光ではない。あの誘拐犯が私を見る為の光だ。その為に設置されている。彼は光をも支配する。彼が言う犬も光も彼の下僕だ。ターゲットを逃さないために忠実な存在にしてる。その光が無くなれば逃げれる可能性があるかもしれなかった。光は私の為に差していない。私としての私じゃなく、ターゲットとしてのレベッカの為のもの。私はあのサイコ野郎の所有物でしかない。灰色の砂漠に太陽があるのなら不平等で不幸な太陽だ。私を監禁するのには広い部屋だった。
「何してるのかしら。」
私はアリッサを心配していた。同時にあの時あの男にされたことを思い出して寒気が止まらなかった。汗が床に落ちる。その汗は顔だけじゃなく全身から出て行く。一生流しきれないシャワーだ。彼女が中々戻って来ない。もしかして私を置いて脱走に成功したのではないのか?そんな考えが頭の中によぎった。手錠を外すタイミングを狙って攻撃して生還した可能性もあるかもしれない。もしくは逆に私以上に不幸な目に遭っているのかどっちかに違いなかった。
「戻って来て。はやく戻ってきてよ!」
誰も答えるはずがないのに叫んだ。
「何で私を一人にするわけ?こんなにアリッサのことを思ってるのに。」
せっかく出来た話し相手が消えるのは寂しかった。きっとあの男にされた倦怠感と気持ち悪さを彼女と話すことで埋め合わせていたのかもしれなかった。また私は彼女の顔を思い浮かべた。決して芸能人のように美しいわけではなく美容など全く気にしない彼女の姿。机の上で将来の為に勉強をする彼女の姿。色んな姿を思い浮かべた。私は壁に勤勉と言う文字を思い浮かべた。彼女を表す文字だ。勉強とは身分を作る手段の1つだ。拘束されてしまえば彼女の望む勉強も出来ない。勉強が出来なければ彼女が望む将来の身分から遠のいてしまう。
「アリッサ、アリッサ、私より身分をとったのね。」
一人で悲劇のヒロインを演じた。私は被害者らしく振る舞った。どうせ被害者に見られるのなら被害者としての立場を利用して見ても良いと思った。今まで考えもしなかったことが頭をぐるぐると反芻する。
「ここにいて欲しい。」
彼女のことを欲するようになった。それは恋しさも混じっていた。両親のハグや助けをもらえなければ私は彼女の抱擁や寄り添いがあればそれで良いと思った。その時の私には彼女しかいないと思った。
「あれからどれくらい経った?」
彼女が部屋から出て3日は経った。その間にあの男に理不尽な仕打ちを受けた。同時に彼女と話したかったし、出来るならそばにいて欲しかった。そう思ってると2人くらいの足音が聞こえて隣の部屋が開く音が聞こえた。きっと彼の捕まえた新入りだと思った。
「あんた新入りなの?」
「そんなはずないわ。私はあんたの知ってるアリッサよ。」
アリッサは戻って来てくれた。逃げるなら彼女を連れて逃げたかった。私の為に戻って来てくれたと感心した。だけどそんな関係にも亀裂が入るのをこの時は知らなかった。




