隣
壁越しから聞こえた。女の子の声だった。
「聞こえる?」
「うん。」
はじめて会話を交わした。
「私もあの男に誘拐されて監禁されてるの。ここがどこなのか教えて。」
「分からない。目が覚めたらここにいたんだから。あんたの方こそ何か分かるんでしょ?」
私以外に監禁されてる少女がいることにはじめて気がついた。私も彼女も彼の歪んだ愛のターゲットだ。少女と被害者と言う共通点しかその時点ではなかった。
「君、誰なの?私、レベッカよ。」
「私はアリッサよ。あの男誰なの?」
「サイモンって言う変態野郎よ。」
「これから何されるの?」
彼女はパニックになっている雰囲気だった。
「何されるか分かってるじゃないの?よくそう言う残酷な映画でありそうな展開よ。」
「そんな映画なんて見ない。もっとファンタジーで明るい映画を見る。こんな重い映画なんて見ない。」
「そんな明るいハッピーエンドなんてここにはない。」
「そう言えば君は中学生なの?」
「まだ小学生よ。」
「そう。私は高校生よ。」
「どうやら小学生だけが趣味じゃないみたいね。」
「私はフレッシュマンよ。まだ免許も取れる年齢じゃない。ねえ、ここを脱出する方法を考えない?」
「どうやって?」
「それはこれから考えるの。2人で協力すれば上手くいくかもしれないの。」
「あんたは知らないよ。あいつの恐ろしさを。」
私はこの時知りきってなかったが普通じゃないのは理解してた。
「だからって納得できるわけないでしょ。こんな状況を抜け出そうよ。レベッカ。」
「アリッサ、それなら私を助けてくれる。私は今手も足も縛られてるの。」
「それは私も一緒なの。だから一緒に考えて。他にも私達と同じように監禁されてる人がいるかもしれないんだよ。」
「私はヒーローか何かになるつもりなんてない。最初来た時はあんたと同じようなことを考えた。こんなロリコン野郎をボコボコにして抜け出そうと思ってた。だけど手がかり一つ残さない相手に勝つ術はない。」
「そんな野郎に身を委ねてずっと言いなりになるつもり?」
「他に方法はある?何か手がかりでもあるの?私が出来ることはここで起きたことを話すだけ。」
「分かった。それなら少しずつ探そう。助けられる保証派ないけど抜け出す希望は捨てちゃ駄目。」
私は2週間以上の監禁生活で脱出する希望を失くした。私にとって彼女はただの話し相手ではなかった。監禁された被害者でもあり、同じ立場の新入りのような感じだった。皮肉にも私は彼女よりここでの経験はあるし、知っている。
「どんな高校に通ってたの?」
私は彼女に聞いた。
「エリートの集まる高校よ。」
「羨ましい身分ね。そんなお嬢様が誘拐されたら世間は黙ってないでしょうね。」
「身分なんて関係ないでしょ。誰が誘拐されようがニュースになるのよ。」
「それなら私の記事とかあったの?」
「そこまでは分からない。」
「誘拐は他人事ね。私もそうだった。そう言う記事は心の奥底では他人事だと思ってたんだから。」
「私はそこまで思ってない。誘拐されて良い人なんていない。」
「当たり前よ。だけどここではそれは通用しない。あの男にとっては私達は誘拐されるべき存在なんだよ。」
「本当にあんた小学生なの?何と言うか人生をあきらめかけてる感じがする。」
「こんな状況で希望を持てって言うの?助かる可能性は低いわ。」
きっと彼女も私と同じような色に染まっていくのだろう。どうせならそうなってしまったほうが良いとも思うようになった。
「私はあいつに心をずたずたにされた。出た所できっとトラウマは消えることはない。無責任なこと言わないで。あんたは平和主義な高校生ね。」
「誰だって平和主義よ。私達を誘拐した男みたいに一部例外はあるけど。本来人間って平和を望んでるのよ。」
「私に説教かなんかするつもり?新しい教えでも布教する気?それならあの男で十分だわ。」
「布教なんてしてない。」
彼女は高校生なのに純粋な子供のようだった。
「あんたお腹空いてないの?」
私は彼女に聞いた。
「しばらく何も食べてないからお腹空いてる。むしろ何だかお腹の痛さを感じる。」
「どれくらい食べてないの?」
「もう一日くらいは経つと思う。」
「私より長いのね。残念だけどあいつの言うこと聞かなければご飯は食べれない。私はちょっとあいつに楯突いただけで朝ご飯も昼ご飯も抜きよ。」
「ご飯は何食べさせられるの?」
「日によって違うわ。酷い時はクラッカー1枚なんてこともあるわ。」
「たったそれだけ?」
「食べたうちに入らないわ。」
「あんたヴィーガンかなんかなの?」
「そうじゃないわ。私、キウイアレルギーなの。食べたら呼吸困難になるわ。」
私はアレルギーなど何もなかった。彼女のその弱点はサイモンに知ってもらえなければ命のリスクになるし、知ってもらえばリスクになる。
「ずいぶんハンデを抱えたお嬢様ってわけか。」
「弱点は隠し通すつもりよ。それにキウイを食べさせる誘拐なんて聞いたことある?」
「クレープを褒美としてあげる誘拐犯なら知ってるけど。」
「褒美を与えてマインドコントロールするのよ。映画とかで見たことある。」
「私は洗脳なんてされるつもりはないわ。」
アリッサと会話してる時は自分が誘拐されてることを忘れるような感じだった。話しながら彼女の姿を想像して見た。壁の向こうにいる顔の分からない相手を想像する。文通ともソーシャルメディアとも違う。彼女はインテリの女子高生。見た目は褐色の髪をして顔は少し大きくて身長は160後半と言う感じだと思った。モデルのように綺麗な見た目をしてる感じではないだろう。外見を整えることに重点をおいてるようには思えない。いつも何か資料を片手に歩いてる姿が頭に浮かぶ。常に研究する為に図書館に通っているのだろう。きっと図書館で本を返さず多額の罰金を払うヘマもしないだろう。友達はきっとそんな多くないし、付き合う友達も同じインテリの上流階級の人間と言うところだろう。上流階級らしく自分より恵まれない立場の人達の為にボランティアをしてるだろう。1つは親の教育、もう一つは大学行くのに有利になることも計算してるのだろう。親と同じようにお金を恵まれない人達の為に寄付したり、チャリティイベントも開いてるだろう。遠い国の恵まれない人達、路上で生きるか死ぬのかをさまよう路上生活者への少量配給など色んな事を経験してるだろう。良い大学に行って親と同じように成功するためにたくさん勉強をする未来だったんだろう。きっとこんな所をとっとと抜け出して勉強でもしたいのだろうか。彼女にとってきっと勉強は人生にとって欠かせないだろう。それに非常に信心深くミサに毎週通うのは当たり前だろう。信仰心を持つのもきっと彼女の人生の一部だろう。本人に聞いてもいないのに外見以外の特徴まで考えてしまった。さらに想像することが止まらない。人生でたまたま私とすれ違ったことはあるか考えてみた。数年生きてれば1回はアリッサとすれ違ってるかもしれないと考えた。一番すれ違う確率が高いのは図書館や乗馬クラブだろうか。習い事は私よりもずっと多くしてるに違いない。毎日スケジュールだらけで忙しいに違いない。その生き方が彼女に合ってる。私のように友達とつるんで限られた習い事をして平凡な人生を送るのはきっと彼女に合ってない。アリッサはそんなタイプな気がする。他にすれ違うとしたら何だろうか?治安の良い大通りで私はイジー達とスイーツを食べて、どこか習い事行く為に車で通り過ぎてすれ違ったのかもしれない。
「アリッサ、寝てる?」
「起きてるよ。突然どうしたの?」
「やばい、アイツが戻った来る。話したこと内緒よ。あと不用意に助けてなんて言わないで。」
サイモンが戻って来た。
「3時間43分会えなくて寂しかっただろ?」
彼は縛られてる私を抱きしめた。父親に抱きしめられるのとは違う。今すぐにも身体を撫で回しそうな気持ち悪さがあった。
「答えないと言うことは寂しかったんだな。」
私は感情があるようなないようなロボットのようだった。私がアリッサと話してたことは口が裂けても言えない。言ってしまえばどちらも罰を受けるだろうから。話すなら状況は悪くなるだけだ。
「時間を正確に覚えてるのね。」
「当たり前だ。」
彼には隙と言うものがなかった。詰めの甘さがなかった。一瞬の隙も見せない。
「ねえ、ここはどこなの?本当にサイモンの家なの?」
彼は鞭で私のことを叩いた。
「無駄口はやめろ。」
「肯定も否定もしないなら…あんたの家じゃ…」
また彼は私に暴力を振るった。直接拳で殴る暴力ではない。物を使った暴力だ。私に喋る時間を与えない。肉体の痛みは身体を蝕み自由までも奪う。
「何度も言うが発言は俺が許可してからだ。もしくは質問した時だけだ。」
相変わらず身体も心も縛られている。私と彼女の違いは拘束されてる時間が違って、私の方が圧倒的に抜け出そうと言う気力を失ってることだ。いずれ彼女も「被害者」の仲間入りになる。一日の行動全てが彼の手のひらの上になる。座っている椅子も私の履いてる靴も、着てる洋服も私自身も全て彼の手のひらにある。私自身が操ることは許されない。きっとエリートの子供の彼女も私と同じような立場になるに違いない。助けることまでも考えられない。自分が助かってイジー達と両親と会える日まで待つしかない。会えたらきっと嬉しいに違いない。この生活で何度も今まで当たり前だと思っていた日常のことを考えていた。私は捕虜に捕まった兵士だ。きっと戦友が助けると信じていた。私はヒーローが出る映画の主役ではない。主役の仲間のような役だ。ピンチの時に主役が助けて幸せな展開を導く。私が望む幸せな展開は解放。手錠や足枷やロープからの解放、あの男からの言論統制からの解放、精神的な解放を今すぐにでも望んでいた。
「今話して大丈夫でしょ?」
「うん、あいつは出て行ったよ。」
「良かった。喋る自由も奪われていたんだね。」
「そうなりたくないんでしょ?足掻いても無駄よ。あいつからはあんたも逃れることは出来ないんだから。ここの灰色の砂漠からは出ることは出来ない。」
「灰色の砂漠?何それ?」
「比喩よ。私のいる空間は全面灰色なのよ。壁も床も天井も。」
「私の部屋は違うわ。灰色なんかじゃない。全部が黄緑色よ。床も壁も天井も。後ろ振り向いたらドアだって黄緑色だった。」
どうして違うのか何が目的なのか分からなかった。きっとアリッサがいるのは明るい地獄の草原だと自分に悟った。




