再会
目の前にはサイモンがいた。私は突然の状況で言葉が出なかった。
「サイモン…どうして…何でこんなことするの!!」
「君を愛してるから。」
「何言ってるの!意味が分からない。」
好意には向けられて嬉しい好意と向けられて嬉しくない好意がある。サイモンに向けられる好意は今までの言動で一気に嫌な行為になった。それに私は愛という概念をこの時知らなかった。愛が確立していなかった。私を育てた両親が言う自然とやって来る恋心がやって来る前に恐ろしい愛をぶつけられた。サイモンは超えてはいけない愛を私に抱いている。
「嫌だ!」
嫌悪感でしかなかった。受け入れたくなかった。
「いつも注目してたのはイジーでしょ。」
思いもよらないことを口にした。
「おや、君は友達を売る気か?」
「そんなつもりはないけど。」
「それは全て演技だ。」
「何のこと?」
「イジーに注目したなんて嘘だ。」
この時も狼狽していて何が嘘なのか気がつかなかった。全ては私の警戒を緩めさせる為だった。自分には関心がないと思わせる為だった。私はすっかりイジーのかなり年の離れたベストフレンドかと思っていた。
「何が嘘なの?」
「さあね。自分で考えるんだな。お前に教える筋合いはない。」
「私をここから出して!」
「君は俺のものだ。そんなこと言っても無駄だ。そうだ。良いことを教えてやろうか。この扉の外には何がいるか分かるか?」
私は恐怖心に襲われながら彼を見た。
「分からないよ。分かりたくもない。」
「外には凶暴な犬がいる。ここを出れた所でその犬に襲われておしまいだ。それと万が一無断で出ようとしたら毒蛇を部屋に放つ。」
「そんな。クソ!このロリコン野郎が!」
サイモンが私の頬を叩いた。
「反抗的な態度で良いのか?反抗するようなら水もご飯もやらない。生きる為にどんな最善を尽くせば良いのか理解出来るよな?」
彼は私の知ってる人間ではない。人間の顔をした怪物だ。欲というもので私の身体も私の人生も一緒に縛って行く。
「トイレに行きたくなったらこのブザーを足で踏め。ここに置いて行く。」
彼は部屋の外に出た。私はただ一人部屋にいるしかなかった。動こうと思えば動けるはずだし、助けを求めようとすれば助けを呼べたのかもしれない。
「何で…はやく出たいよ。」
少なからず分かるのは泣き言を言う事くらしいか出来ないことだった。扉の外で何が行われてるか分からない恐怖が頭を循環する。確実な答えが分からないことは恐怖を導く。私のもがいてる所を見て笑ってる姿、突然真顔になる姿が何度も頭の中で反芻する。それやがて耳に彼の笑い声が聞こえてるかのように錯覚させる。
「そう言えばどれくらいチョコレートソースとかクッキー、クレープとか食べてないんだろう。ママの作ったレモネードも飲みたい。」
監禁生活は日付感覚と言う概念は全く持たせない。監禁に休みと言うものはない。肉体的にても精神的にも。唯一休みがあると言うなら前に進めるはずの時間が休止することだ。
「ハンバーガーも皆と食べたい…ステーキーだって食べたい…」
その時サイモンが入って来た。
「元気にしてたか?」
反抗したかった。だけどここでの反抗は危険に近づくだけだと思った。
「ずいぶん態度が変わったな。さっきまでの反抗的な威勢はどうしたんだ?」
私を冷笑した。そこには人間味がない。冗談を言い合って笑う笑いではない。私はここでは人間ではない。彼は私のことを所有物、コレクションかなんかの1つだと思っている。私は彼の思うがままの存在でしかなかった。
「やれば出来るんだな。」
彼は私に触れながら言った。不快感が全身に走る。
「目を背けないでこっちを向け。そうすれば水もご飯も与える。こんなに優しい条件ないぞ。」
彼はどんどんカメラに私の姿をおさめる。うつりたくもない写真だった。私が望むかたちの写真は1つもない。写真は思い出と言う呪縛。記憶を消しても写真としてデータとして一生残り続ける。記憶のフラッシュバックを起こす起爆剤だ。
「悪かったな。辛かっただろ。これを飲め。大好物のチョコレートソースがけのクレープだ。」
しばらく食べてないクレープに私は感動した。それはまさに私が求めていた味だった。甘いチョコレートの味と大好きな果物の味とクレープの食感。自分が監禁されていたのを忘れるほどだった。大好物を教えてないのに彼は知っていた。
「美味しい…」
彼の突然の対応で私は置かれてる状況を忘れるくらいだった。
「これも飲め。」
私が飲んだのはレモネードだった。久しぶりに飲む子供の好きな飲み物だった。その日は家畜のような扱いではなかった。餌を食べてる感覚ではなく、ご飯を食べているような感覚だった。まさに久々の食事のような感じだった。
「どうだ?美味しかったか?言わなくても考えてることは十分に分かる。」
「エスパーなの?それなら私もエスパーでいたい。」
「しゃべって良いとは言ってない。発言は許可してからだ。」
口はテープで止められてないのに言葉を喋れないようにされてる感じだった。反抗の言葉許されない。逆に順従でいれば身の安全は保証されるし、良い待遇を受けられる。この監禁部屋は世の中の一部に過ぎない。世の中もきっと広い灰色の砂漠だ。どこまでも広がる理不尽な構造が続いて行く砂漠だ。違いがあるなら数の力でそれを打ち崩すことだ。世の中と言う広い砂漠は民衆の力で灰色の砂漠と言う構造を打ち砕ける。しかしここにいるのは私だけ。誘拐と歪んだ恋愛感情の為に一人にさせられている。隔離された孤独は人間の思考を奪う。足と手を縛られないのはトイレに行く時くらいだ。
「サイモン、トイレに行きたい!」
その時だけは許される。トイレに行く時ももちろん決まりがある。必ずアイマスクをすることをだった。そして意図と反してトイレを監視されながらすることになる。冤罪をかけられた刑務所の囚人のようだった。刑務所の囚人は着替えも多くのことを誰かに見られながらする。私は囚人のようだった。屈辱だった。トイレに行けずに不衛生な不快感から解放されても監視の不快感からは解放されることはない。それは当時の私の心に傷をつけた。
「こっち見ないで。気持ち悪いから。」
もちろんそんなことを言えば無言でむち打ちをされることはあった。目隠ししても視線を感じる。
「今日は特別にシャワーを浴びさせてやる。」
もちろんシャワーも見られながらだった。涙と汗とシャワーのお湯がアイマスクを濡らしていく。シャワーの音が耳の隅々まで残る。その音は耳の鼓膜を突き抜ける勢いだった。サイモンの声とシャワーの音が混ざる。シャワーで全ては流せない。逆に「汚れ」が付着するだけだった。いらない汚れだった。人生に汚れをつけた。私は穢れた存在の仲間入りになった。サイモンは穢れた存在だった。私はサイモンに手をつけられたので彼が穢れた人間を生産することになった。
「え?何これ?」
足元に何か生暖かい物を感じた。さらに石のような硬いものも踏んでいるようだった。視界がふさがっているから何を踏んでるのか分からなかった。トイレとお風呂時間は黒い宇宙だった。これから何が起こるか分からないことが繰り広げられる所だった。そこには希望など1ミリもない。あるのは欲にまみれた人間が支配する絶望だけだった。衝撃によって美しい世界が作られることはない。泥にまみれたどんな生き物も暮らせない不純な世界。希望を生産することもない世界だった。しばらくするとアイマスクが外れてその宇宙から抜け出した。抜け出した所で灰色の砂漠に戻るだけだった。シャワーが終わったのにまだあの生暖かい何かの感覚が残っていた。考えてもその正体は突き止められなかった。
「シャワーに変なゴミを踏んだんだけどあれは何なの?」
「ゴミ?何のことだ?言っておくが風呂場は毎日掃除してる。ゴミ1つ落ちてることなんてない。良いか?勘違いだ。これ以上問い詰めるならどうなるか分かってるな?」
「問い詰めたわけじゃない。ただ疑問に思っただけよ。」
「俺にとって尋問だ。レベッカにはがっかりさせられたな。俺に精神的苦痛を与えたから明日の朝ごはんと昼ごはんは抜きだ。」
「そう。」
私は気持ちをぶつけることがだんだん出来なくなった。この監禁された状況では感情論は通じない。この男が支配する小さな砂漠帝国では感情と言うものは通用しない。感情を出すことを許されるのは支配者のあの男だけだ。あの男が法だ。あの男が作った法の前では全ての法に従わないといけない。犯行する余地を見せない。
「お腹が空いた。」
隔離された孤独な空間では当然独り言が多くなる。心細さと寂しさが残り続ける。隣に誰かがいたら違うと思うくらいだった。
「ママとパパに会いたい。」
あれだけ口うるさい母親ですら会いたくなるくらい孤独に押し潰された。自ら選んだ孤独と人工的に作れられた孤独じゃ重みが違う。望まない孤独は時間と言う概念を消す。そう。置かれていた空間には時計など一つもないのだから。その時もし私とサイモンが誘拐犯と被害者の関係でなければその孤独は埋められたのかもしれなかった。それなら孤独を埋めるしかなかった。
「あんた、私がずっと座っててどんな気持ち?誘拐されてる私よりあんたは惨めよ。一日の半分以上を私に押し潰されてんだから。」
喋らない椅子に話しかけるしかなかった。自問自答以外の方法だった。
「本当哀れな椅子ね。私の汚れをずっとかぶってんだから。」
椅子の前では自分の威勢を見せることが出来た。
「誰?」
どこからか声が聞こえた。力の入ってない届かないような声だった。孤独の時間が長すぎてついに椅子の声が聞こえたのだろうと思った。
「たすけて…」
声は確かにどこからか聞こえた。椅子からは聞こえない。もちろん部屋の中から聞こえるような声ではなかった。
「たすけて…」
「どこにいるの?」
「たすけて…」
確かに確実に聞こえた。助けを求める声が。
「良かった。気がついてくれたんだ。」
その声は本物の声だった。




