混沌
「サミュエル!ずっと今日のバスケの試合最高だった。」
「レベッカの応援のおかげだ。」
私は17歳になった。彼に抱きついてキスをした。
「君がいるからもっと力出た。」
「それなら私達最高なカップルね。」
彼はバスケの大会で優勝した。私はとても誇らしかった。
「今度優勝記念にうちでパーティー開くよ。パパとママもすごい乗り気だから。」
「それは楽しみだな。」
「パパが変な冗談言うかもね。」
「慣れたことだ。」
「バスケじゃサミュエルには勝てないはずよ。」
「競うつもりないけどな。」
「勝負にならない相手ってことね。」
「そこまでは言ってないけどな。これからもっと強い相手と戦わないといけないだろうな。これからの人生で。」
彼と人生を歩むつもりだ。
「ずっと離さないぞ。」
「こっちのセリフよ。」
だんだん地面が割れ出す。割れると同時に彼の体が薄くなって行く。彼は私を見ても助けようともしない。それどころか関心もない。
「サミュエル!」
「誰?俺、サミュエルじゃないけど。」
私は地面が割れて穴に落ちた。そして白い空間に落ちた。すると白黒の服を着た人達が私のもとに来た。ナイフを持って私のことを刺そうとした。
「きゃーー!」
私は目が覚めた。
「ここはいったいどこなの?」
私はいつの間にか知らない所にいた。状況が把握出来なかった。
「イジー、ジェニー!これは何のいたずらなの?」
私は手足を縛られていた。
「誰か!助けて!」
助けを呼んでも誰も反応しない。当たり前だ。私は誰もいない空間にいたから。
「サイモン!!助けて!」
助けを呼んだ所で彼が来るわけではない。それにこれから私の運命になるような男子が私を助けて救出して喜劇の文学作品のような展開になるわけでもない。かすかながらその希望を抱いていた。
「パパ、ママ…嘘でしょ!どうして!助けて!」
叫ぶことしかできない。もう一つ出来ることは誰か助けてくれるように願うことくらいだった。あの空間に存在するのは私と私が座っている椅子と手を縛る手錠と足枷だった。虫一匹もネズミ一匹もいない奇妙な空間だった。見回してみると壁も床もドアも天井灰色だった。部屋の90%が灰色だった。灰色の地平線にいるようだった。あの空間はずっと出口のない地平線だ。その地平線で状況を飲み込むことが出来ず私は絶望することしか出来なかった。ただ聞こえるのはキシキシと鳴る椅子の音と私の叫び声だけだった。聞こえる音は毛頭もなかった。まさに無の空間で何も手がかりもなく残された行った。
「喉が渇いた…」
ついには叫ぶことも出来なくなっていた。叫ぶこともしんどかった。あの時の私にとっての最大の不幸は縛られていること。そして最大の幸せは今すぐにでも解放されていつも通りの日常を過ごすことだった。
「ママ、パパ…」
目の前の壁にすら届かない声で行った。これ以上声を出せなかった。喉の渇きは発声を難しくする。人間としての行動が渇きで制限された。目には見えない口止めテープのようだった。ベタベタしてない何も感じさせないテープのようだった。すると後ろから音が聞こえた。何かが背後から来るような音だ。人が来るはずなのに後ろから冷たさが伝わる。不快感による冷たさだ。誰がいるのか分からない。手足を拘束されてて振り向こうとしても誰がいるのかよく見えない。後ろの気配は数分経っても消えることはなかった。数秒後ドアが閉まる音がした。黒づくめの男が私の視界に見えた。見るからに男性だった。そして大人であることも分かった。
「助けてください…お願いです…」
私はかすかな希望を持って小さな声で助けを求めた。私が話しかけようとしてもその男は私の方に振り向かない。誰だか分からない不快感が私の気力を奪い、青ざめさせた。とにかく助けを求め続けるしかなかった。私は男性が手に何かを持ってることに気がついた。2リットルほどの水が入ったボトルだった。喉の渇きでそのボトルに視界が集中する。空腹より渇きが気になるくらいそれに執着した。目だけではなく鼻も口も反応する。手も足も今すぐにも手錠を解除してボトルの水を飲もうと激しく動いていた。全身が水を求めていた。砂漠で炎が体を包んでいるように喉が渇いていた。何時間水を飲んでいないか分からなかった。
「み…水をください。」
そう言っても男性は振り向くことはなかった。明らかに私がもがき苦しんでるのを楽しんでるようだった。これは何かのゲームなのではないかと考えた。喉が焼けているような感じだ。まさにあの時のあの空間は灰色の砂漠だった。
「助けてください…」
男性は私の方を振り向いた。顔は分からないが何も喋らずじっと見ているようだった。少しずつ近づいて行く。頼れるのは彼しかいない状況だった。そしてボトルのキャップを投げつけた。キャップは壁にぶつかり床に転がった。彼は私に近づき私の顔に触れた。手で口を無理矢理開けた。そして水が私の口に入る。すごい量の水だ。むせてしまった。そんなことをおかまいなく水を私に飲ませる。砂漠の中で溺れているようだった。オアシスが絶望に変わる瞬間だった。とにかく生きる為に飲むしかなかった。
「苦しい…」
渇きから解放されても手足が解放されることは無かった。彼は何も無かったのようにドアを出た。何を言っても何も答えない男に対して震えが止まらなかった。
「皆、助けて…どうして私が…」
監禁されるまで誘拐はどこか他人事のように感じた。自分自身にも周りにも起きたことじゃないから。ニュースでは聞くし、警戒を強めてるから大丈夫だと思ったしこのまま面倒くさいことがありつつも楽しい日常がずっと続くと思っていた。この状況はまさに今までの私の概念を崩壊させた。心だけじゃなくて今までの関係や日常も崩壊しようとしてる。あの空間で何も聞こえないなら外では当然何も聞こえない。私の所持品は全てなかった。カバンもスマホもリップクリームも写真も全てなかった。あの男は私から全てを奪った。物だけじゃなく自由と言うものも。
「助けて…」
しばらくするとお腹が鳴りだした。叫びすぎてお腹がなっていることにも気がつかなかった。お腹がすきすぎてお腹に少し痛みが走った。トイレも行けずに不快感を感じた。とても不衛生だった。私は頭の中で考え方をして気分を晴らそうとした。そうでもしないとこの状況を乗り切れられないと思った。私は食べたいものを頭の中で思い浮かべた。すると父親と一緒にクレープを食べている映像が頭の中でぐるぐる浮かんで行く。私はその映像の外にいるような気分だった。出来ることならあの映像の私と外にいる私が変わって欲しいと願うばかりだった。だけど回想と現実を入れ替えることは出来ない。それは理に反してるし、現実と言うものがそれを許すことはない。回想と現実を入れ替えることは異端だと言ってるようだった。もう戻ることない回想した時をずっと見るしかなかった。自分で自分が哀れになった。元気だった自分自身が何も出来ない哀れな子供になった。屈辱だった。
「チョコレートソース…」
置かれている空間にはそんなものはもちろんなかった。ママやパパが届けてくれるわけではない。きっと今頃心配して探してるに違いないと思った。もし救出されたらチョコレートソースのかかったジェラートやクレープを食べさせて貰おうと考えていた。そんなことを考えてるとまた扉が開いた。またあの男が無言で部屋に入った。ドアを強くしめた。閉める時の音が耳に循環した。耳鳴りのごとくそれは耳に残る。耳も全身もヒリヒリさせるような痛くなるような音だった。さらに男は私の周りを何周も歩き回った。目で追いかけて行くうちに目がまわりそうだった。椅子も一緒に回っているような感じだった。私は地球だった。私の周りに太陽が間近で回っているようだった。それは私に肉体的にも精神的も汗を流す。その汗には暖かさはない。あるのは人間味のない冷たさだけだった。そして男は止まった。よく見るとまた手に何か持ってるようだった。パイだった。とても美味しそうだった。こんな状態に置かれてるならどんな物でも美味しそうに感じた。もうチョコレートソースじゃなくても良い。とにかく人間の食べれるものであれば何でも良いと思うくらいだった。
「パイをください。お願い。」
命令口調で出ればきっと拳銃で私の頭をくり抜くかなんかすると思った。縛られてる以上相手に服従するしかなかった。たとえそれが理不尽だったとしても。手がかりさえあれば抵抗や革命を起こせた。私は無理難題を強制する王族の奴隷のようだった。いやあの時の私は奴隷と言っても過言じゃない。人権が言い渡るようになった社会でも奴隷のような人間はたくさんいる。時代とともにかたちが変わっただけで。
「食べ物をちょうだい。」
男は無言で私の元から離れて行く。男はついに私の視界の目の前まで移動した。近づく様子もなかった。また無言で私のことを見つめた。黒づくめなのでどんな表情をしてるのか分からない。男は手に持ってるパイを投げた。それはどんどん私の方に向かって行く。避けたかった。避けなきゃいけなかった。避けようとした。だけど身体が動かない。そしてパイは私にぶつかった。視界が不明瞭で目が開けられる状態じゃなかった。私はパイに包まれていた。そして男はもう一度パイを投げた。それはさらに私の顔を覆って行く。私は顔についたパイを食べさせられた。それは食事ではない。摂取だ。拷問を含んだ摂取だった。食事は味わったり、誰かと話したりして楽しむものだ。だけどそこには何もなかった。話すことも許可しないようだった。パイを全て食べ終わるとやっと目を開けられるようになった。目の前は相変わらず灰色だった。私は灰色の砂漠から抜け出せない奴隷だった。もうその砂漠から抜け出す考えも薄れていくようだった。
「美味しかったか?」
やっと彼は口を開いて私に話をかけた。
「美味しかったとしか言えないです。」
「せっかく用意したのにそんな単調な感想か?もっと称賛すべきじゃないのか?まあ良いや。君はこうやってずっとここにいれば良い。俺から逃れることは絶対に出来ない。」
「あなたは誰なんですか?どう言う目的でこんなことするんですか?」
「そんなに言うなら見せてやる。」
よく聞くとどこかに聞いたことあるような声だった。彼はマスクを外そうとする。ゆっくりと外すと顔が見えた。
「サイモン…どうして!?」
私を誘拐したのはサイモンだった。




