絵
私はサイモンと面会した。ガラス越しに彼がやって来る。
「久しぶりだな。また雰囲気が変わったな。」
「久しぶりね。私の雰囲気を変えたのはあんたよ。拘置所の生活はどう?」
「空調が全然効かないし最悪だな。」
「アリッサのように気に入られるようにして見たら?無理か。」
「俺はそんな年じゃない。」
私はそんな彼の姿を見て笑った。
「こうやって拘置所にいるなんて変ね。何でも許されていた王様が幽閉されたようね。」
彼の王国はもうない。かつての王国の姫や召使いも皆バラバラだ。
「今まで私を閉じ込めていたけどこうやって閉じ込められるあんたを見るのも悪くない。看守が羨ましい。」
「悪趣味になったな。」
「良い趣味よ。世間体では悪と言われてるだけで。」
「監禁生活が寂しいだろ。」
「寂しくない。今こうやって同じことしてる感じがするから。」
「同じようなことするのか?正直お前のことを侮ってたけど今はお前ならやりかねないと思う。まさか俺のいない時間を計算して自力で手錠や足枷まで解除して何もなかったかのように演技して大したもんだ。表彰してるやるよ。」
「もうあんたから貰うものなんてない。」
彼は少しばかり涙を流していた。あの異常者でも涙を流すとは思わなかった。自分の娘以外の子供だと何とも思わないのに自分の娘に同じことを出来るのは疑問だった。彼は結局完全な怪物になりきれない人間。獣にもなりきれない人間でしかなかった。
「娘を亡くしてさぞかし悔しいでしょ?」
「その話はやめろ。」
「ここで叫んでも誰も味方してくれないよ。世論見ればあんたの人権など考える奴はそうそういないから。私は逆に嬉しい。あんな女死んでも同然よ。親子のつながりだけで私よりあんたのこと知らないんだから。私があんたと結ばれるのに相応しいと思ったけどあの女がいつも邪魔して許せなかった。だから排除して貰った。あんたとの子を妊娠した女が私側についたから排除しやすかった。」
私一人でも上手く排除出来た。だけど手駒がいる方がもっと隠蔽しやすかった。
「これ以上言うな。」
「死んで良かったんじゃない?これ以上生きても彼女はショックを受けて銅像にでもなるようなタイプよ。彼女と目を合わせた時に全てを感じ取った。そうなったらあんたの心なんて満たしてくれないしこうやって面会にも来てくれないだろうね。生きても死んでもあんたの所に面会したい人なんて私しかいない。もし出られたとしても外の野良犬共に食われて死ぬだけ。あんたの居場所はここだけ。」
事件の後彼は足にGPSをつけられてさらに私への接近禁止命令を課された。それは拘束の一種だった。どこに行っても縛られる。どこに行っても居場所が特定される。私が彼を縛る存在になった。私は彼を好きになってからそれを望んだ。要求されたり支配されるよりも、要求に従ってるふりや支配されてるふりをするのが好きだった。さらに私は要求したり支配するのが好きだった。一番望んでいた。
「あんなあなたのこと好きだった奥さんも今じゃあんたのこと見放したからね。私に逆らったりしない方が見の為ね。」
私が彼から与えられたのは被害ではない。心を満たしてくれる快楽だった。
「1つ聞いて良い?」
「面会はここまでです。」
遮られて私は拘置所を出た。
「無理して加害者に会う必要ないのよ。」
「ちゃんと罪と向き合って欲しかったから。私今でも許せないから。」
彼が私やアリッサよりもあの実娘を大切に思っていたことがより許せなかった。それにアリッサを殺してしまったことも見逃せなかった。もし彼が執行猶予にでもなれば彼の居場所を特定してさらってGPSがついてる足を切断して誰も入りたくないような森に生えている木に縛って私の要求や命令に服従して貰うつもりだ。
「それはあなたのすることじゃないと思う。すればするほど辛くなるだけよ。」
叔母は私を心配した。
「何がトラウマなのかも分からない。だけど私のやりたいことを優先させて。どちらにせよ危ないことをするつもりはないから。」
「分かった。約束は守って。」
2人でカフェに行った。
「何か私のこと見てる人がいるけど。」
「今すぐ出るよ。」
「まだそんなに食べてないのに。」
彼女は店員にチップを渡して出た。
「どうして突然あんなことしたの?」
「あなたに注目の的になって欲しくないからよ。」
「そう。被害者はまともに外でご飯を食べられないのね。」
「そうさせてしまったあの男が悪いのよ。裁判ではちゃんと戦うつもり。」
「加害者と被害者は結局誰なの?あの男とだけ戦うつもりなの?」
「レベッカ…」
人は加害者でもあり、被害者でもある。加害者として見られれば世間に服従をしなければいけない。被害者であっても世間に服従しなければならない。どっちも常に見ているから。
「この後どこか行く?大変だったと思うから好きな所に連れてってあげる。」
「それなら美術館に連れてって。」
「分かった。どこの美術館?」
「印象派展がやってる所に行きたい。」
車で1時間かけて美術館まで行った。美術館はそこまで混んでいなかった。
「どこから見に行く?」
「展示室3から見に行きたい。」
飾られてる作品の多くがフランスで評価された作品ばかりだった。その中でも展示室3では期間限定でエドゥアール・マネの絵が数点展示されていた。彼の絵は黒がたくさん使われていて人物の視線や一部の物が引き立っていた。彼の絵を見て灰色の部屋でただ一人いる私の姿を思い浮かべだ。自分の頭の中でその部屋の灰色を黒に近づけた。しばらく考えてると私はその「部屋」の中にいた。そこには顔半分がサイモンで半分がマネの姿の男が立っていた。椅子や手錠以外しかないはずだった部屋には何故かキャンバスと絵の具があった。私は裸だった。そんな私を見てどんどん絵を描いていく。絵が描き終わると彼の顔は完全にサイモンになった。黒のペンキを持ってひたすら床を黒に染める。天井も壁も黒になった。私と彼以外は皆黒になった。私は自分の力で手錠などを解錠した。そして私は黒いドレスを着た。怯えてる彼を見てゆっくり近づいた。私はそんな彼に近づいて手錠と足枷をかけた。そして彼の服をナイフで引き裂いた。服の端切れなども一緒に黒に染めた。その様子を見て私は彼の絵を描いた。怯えた絵だけでは足りなかった。笑顔になった絵や何かを失って悲しむ彼の姿を表現した絵も描いた。そして私の空想は終わった。現実に戻るとそこにあるのは間違えなくマネの作品だった。
「相当マネの絵が気になるようね。」
「邪魔しないで。」
絵を見終わると私達は違う部屋に移動した。他の展示室ではルノワールやモネ、ゴーガンなど色んな印象派の画家の絵が飾られていた。
「こっちの部屋はアメリカの印象派の絵ね。」
「明るい絵ばかりね。」
「印象派はフランスが拠点だったけど活躍したアメリカ人もいたの。」
「よく知ってるね。」
「これでも絵についてたくさん勉強してた。」
「学芸員が夢だったわけ?」
「そうね。だけどやりたいことが変わって今やデザイナーね。」
「何で変わったの?」
「気分がよく変わりやすいの。」
「一貫性がないんだね。」
「そう言うわけじゃない。気分が変わりやすいだけど自分と言う人間を大切に扱ってる。自分の軸がずれなければ良いの。」
彼女は絵を見て楽しんだ。
「この絵とか工業地帯の絵ね。絵って美しいものばかりじゃないの。目を向けないものも描くのよ。」
「私はどっち?」
「あなたは美しいけど絵じゃ表せない美しさがありそうね。何と言っても大事な姪っ子だから。」
「よく言うよ。」
私に目を向けるのは監禁生活で出会った人達だ。外の世界を出て目を向けたのは叔母くらいだった。後は被害者と言う眼差しで見て全てを片付ける人間ばかりだった。それに対して私はどうでも良かった。これからは私がターゲットに目を向ける番だから。
「良い作品見れた?」
「うん。良いところに連れてってくれてありがとう。」
「帰るよ。」
車で家に帰宅する。
「どこ行ってたの?」
「拘置所で私を誘拐した男と話してた。その後叔母に美術館に連れてって貰った。」
「そうだったんだ。私は1日家よ。家に出たら騒ぎになるから。」
「トイレは何回行った?」
「何でそんなこと聞くの?」
「知りたいから。嫌ならいつでも出てって良いけど。あんたを被写体として手に入れたい人間達と一緒にいたいならそれで良いよ。」
「嫌だ。出るつもりないから。」
「本心なのね。」
「携帯がないからすごい退屈だった。」
「それならこのタブレットで音楽聞いたり映画でも見れば。」
「良いの?」
「私のいない時だけだから。その代わり私の要求は聞くことね。」
「要求って何?」
「この女の写真を破って見て。」
私が彼の部屋から奪った親子の写真だった。誰がどう見ても幸せそうな親子の写真だった。表向きの理想の親子像だった。
「これってあんたを誘拐した男とその娘…どうしてそんな写真を?」
「質問が多いね。良いから破って。男の方は何もしないで。破るのはこの女の方をビリビリに破って。」
「そこまでしてそんなことしたくない。」
「そう。それならタブレットは貸してあげない。」
「それで良いよ。そんなことしたくないから。」
「やってみたら楽しいと思うけど。そうだ。あんたの母親の顔をこの女の顔の上に貼ってあげるよ。」
「そんな勝手なこと…」
私は写真を上から貼り付けた。
「これなら思う存分破れるでしょ?」
「貸して。」
彼女はすごい剣幕で写真を破っていた。私は大音量で音楽を流した。
「クタバレ!承認欲求モンスターが!痛々しいババアが!死んじまえ!死ね!消えろ!排除!排除!排除!ネットからも現実からも消えろ!」
彼女は叫びながら破った。
「あ…しまった…叫びすぎた…」
彼女は息を切らした。床にはビリビリになった写真があった。その彼女の姿を見て私は拍手をした。
「やれば出来るじゃん。親の動画でやってることよりずっとこっちの方が楽しいでしょ?辛い時はこんな風にすれば良いの。私の方があんたのことをよく分かってる。」
何か物音が聞こえた。私は突然彼女のことを押し倒した。
「痛い、何するの!」
「喋るな。」
「ちょっと、何の騒ぎなの!!」
叔母はノックもせず入って私のことをじっと見て言った。
きつく言うと彼女は黙った。




