もう一人の家族2
「浮かない顔してどうしたの?」
アンナが聞いた。
「昨日食べたご飯が美味しかったからそのこと考えたの。」
「嘘よ。」
「本当に美味しかったから。」
「私にはお見通しよ。筒抜けハウスに住んでるあんたのことだから嘘ついてるのはバレバレよ。」
「筒抜けハウスは余計よ。この前の叫び声のこと考えたの。」
「確かに私の家で起きてたら私も気になる。」
「うちの近所で何か起きたんじゃないかって気がかりなの。」
「ちょっと考えすぎじゃない?確かに叫び声聞こえたけど、悲鳴だって確定したわけじゃないじゃん。どこかから歓声が聞こえたんじゃない?」
「叫び声は本当に聞こえるか聞こえないかくらいだったから悲鳴かどうかもまだ決められないけど何か気になっちゃって。」
その叫び声は気のせいだとも捉えられるくらいの大きさだった。
「お母さんに話したの?」
「話して家の中をくまなく調べてもらったけど特に異常はなかったの。」
「それなら良かったじゃん。」
「そうね。」
「そんな浮かない顔しないで。うちのお母さんがあんたの好きなお菓子作ってくれるから!」
「ありがとう。」
叫び声を気にするのは彼女だけになった。サイモンの妻は異常がないと思い、警察を家に呼ぶまではしなかった。
「ママ、習い事とかしたことある?」
「したことないけど、何で突然?習い事したいの?」
「そう言うわけじゃないけどママがWebデザイン出来るのって習い事してたからかなって思って。」
「私の時代はそんな習い事なんてなかったわ。」
「どうやって仕事にまでしたの?」
「時代の流れと付き合いながら必要なことを学んでいったの。」
「学ぶって大人になっても勉強しなきゃいけないの?」
「学校の勉強ほどは苦痛じゃないけど。」
「パパなら何事も挑戦しろって言いそうだけど。」
「私は計画性の方が大事だと思うわ。あれこれ手を出しても土台が出来てないと意味がないわ。パパみたいに適当な人が全員成功してるわけじゃないの。」
「パパは成功者?ルーザー?」
「どっちでもない平凡な男ってところね。極端に性格が悪い凶悪犯とかでもないし、極端に性格が完璧な王子様ってわけでもない。でもママは家族3人に何事もないから幸せなのよ。この前の叫び声心配だったけど特に何もなかったし、あれからも何もなくて良かったわ。」
叫び声の一件から家の防犯を強化することになった。
「そうだね。何か気になってたから。」
「あまり気にしないで。」
「うん。」
ある日の夜中彼女はベッドで寝ていた。その日の夜はいつもより静かな夜だった。彼女は深い眠りについていた。
「サイモン!きゃーー!」
彼女は目が覚めた。
「今の何!?」
聞こえるか聞こえないかのかすかだったが彼女の耳には聞こえていた。
「パパの名前?」
彼女は急いで両親の寝室に行った。
「ねえ、今叫び声聞こえた気がするの。」
「叫び声?寝ぼけてるんじゃなくて。」
「確かに聞こえたの。それにパパに助けを求めるような叫び声だった。パパの名前を言ってた気がするの。」
「気味の悪いこと言わないで。」
「とにかく落ち着け。パパが調べるからここでじっとしてて。」
彼は部屋を出た。
「大丈夫よ。」
彼女は涙を流して震えていた。
「きっと何もないから。何か起きたら私達がお前を守るから。」
「うん。」
母親は彼女のことを優しく抱きしめた。子供を守るための抱擁だ。
「大丈夫。きっと良い方向に行くから。」
彼女の母親は確証がなくても大丈夫と言うのが口癖だった。しかしその言葉が彼女を安心させた。
「おい、来てくれ。」
「何、大丈夫なの?」
「うん。何が起きたのか説明する。」
二人は彼のあとについていく。
「俺の名前が聞こえたのはこのビデオのようだな。」
「何これ?」
「思い出した。私達この劇団で知り合ったの。その時のビデオよ。」
「ビデオ消したつもりがつけっぱなしだったんだ。」
「そうなの?」
「悪かった。」
「それと叫び声が何の関係があるの?」
「私がパパの名前を叫ぶシーンがあるの。」
彼女の母親はそのシーンを見せた。
「ここよ。懐かしいわ。」
「どう言うシーンなの?」
「それは最初からビデオを見ることよ。」
「これは俺の友達が作った話なんだ。ネタバレするなってママが言うからあらすじだけ話すけど。一人の平凡な女性がサイモンって言う男をひたすら付きまとう話なんだ。テーマは束縛だ。」
「そうね。子供には刺激的な話ね。見るのはもっと大人になってからね。まだ12歳にもなってないんだから。」
「でも10代だから。」
「そんなに焦らなくても少女は女性になって、少年は男性になる。その時を待つんだな。」
「とにかく解決して良かったわ。もう大丈夫?」
「二人に話したら何だか安心した。ありがとう。」
「不安になるのも無理ないわ。パパ、これからは気をつけて。」
しかし彼女が聞いていた叫び声は幻聴ではなかった。家のどこかでメラニアが叫んでいた声だった。彼が彼女の顔を殴った時の悲鳴だった。誰でも良いから助けて欲しかった。
「何かまた叫び声が聞こえる。」
「気のせいでしょ。」
「いや、違う。また聞こえるの。」
「最近大丈夫?ずっと同じようなこと言ってるけど。」
「うちの近所さんが叫んだりしてないの?あの叫び声を聞くと不安になるの。そう言えば思い出した。時々聞こえる音とかもきっと誰かの叫び声だったんだ。」
「話してくれてありがとう。」
母親は娘のことを抱きしめた。温度で安心させる。それは不安症を緩和させる。なくなるわけではないけどないよりかはマシだった。
「良い精神科医を探して見る。」
「それで叫び声が聞こえなくなるならお願いしたい。」
「出来ることならするわ。別にあんたがものすごいお金かかる習い事をお願いしてるわけじゃないから。私達のことは気にしないで。」
彼女は娘の友達の母親に良い精神科医を相談した。
「女性の精神科医よ。パパに話しにくいこととかもたくさん話せると思うわ。」
「隠してることなんかないの。ただ叫び声から解放されたいの。」
同時に彼女は夢などで誰か叫んでいる夢まで見るようになった。
「叫び声が聞こえるようになったのはいつから?」
「それは2ヶ月前からです。最初に聞いた時は友達も一緒でしたし、その友達も叫び声聞いたって言ってました。それからも寝る前に叫び声が聞こえたり、時々昼間でも聞こえることもあって。お父さんやお母さんに相談しても気のせいだって言われて。もうその症状で悩みたくなくて。」
精神科医は澄んだ目で彼女を見て彼女の言ったことをメモに書いていた。
「よく寝てるのかな?」
「時々寝れない時ありますし夢でも叫び声が聞こえるくらいで。」
「その叫び声が聞こえる頻度は?」
「週に2回か3回くらい聞こえて。」
精神科医にどんどん起きたことを話した。
「リボトリールを出しておきます。」
彼女はそれから症状は緩和していった。
「これ以上叫ぶならお前の口を切ってやるぞ。このナイフでいつでも出来る。」
「やめてください。」
「それなら選べ。ずっとじっとしてるか口を縛られるか。今まで口まで拘束はしなかった。君が妊娠してるから特別扱いした。だけど君は所詮聞き分けの悪い子だ。どっちも拒否するならどうなるか分かってるな?」
彼はナイフを見せて言った。メラニアは震えていた。
「それなら口を縛って。じっとしてる自信なんてないから。」
ついに彼女は話す行為も制限された。無言の強制は伝える機会を奪うことだ。彼女は学習能力がない。こんなに優しい彼を受け入れることが出来ないから。本当に愛の知らない可哀想な人間だと壁越しで思った。きっと彼女から生まれて来る子供も学習能力がなく常に哀れな運命を過ごす子供だと思った。きっとそうに違いないと思った。また同じ不幸を生み出すに違いない。何が起きてるかは私達しか知らない。私達ですら知らないこともある。そんな彼を私は好きでいることをやめられない。
「キャンプ楽しかったね。」
アメリカの夏休みは長い。夏休みは子供にとっての天国の期間で絶対逃してはいけない期間だ。灰色の砂漠にいる私は常に休みのようなものだ。きれいごとを語る連中から離れられる長期休暇だ。
「はじめてギターに触れたよ。アンナのママ、ギターが出来るなんて知らなかった。」
「夜景も最高だった。」
「金持ちの友達とかいたらもっとすごい所行けるかも。」
「ちょっと、うちらの友情は金じゃないから。金なんかで手に入らないかたい友情よ。」
彼女はいつも通り日常を過ごしていた。特に大きな変化もなく幸せな時間を過ごしていた。
「最近は家で変なこと起きたりしないの?」
「そんなことはないけど。叫び声のことでしょ?あれから聞くことはなくなった。」
「それなら良かった。」
「それに不審者とかの目撃情報とかもないしいつも通りね。」
「良かった。あんたの家が酷い目にあったらこうやって会えなくなると思ってさ。」
彼女は前より友達を家に呼べるようになった。
「フェリシア、最近調子はどう?」
「特に問題ない。精神科医の先生のおかけで悩みが緩和された。」
「それなら良かった。」
「一件落着したからパパとママの演劇ビデオでも見るか?」
「サイモン、変なこと言わないで。あの叫び声で大事な娘を不安にさせないで。」
「冗談だ。」
「ドロドロした話なんでしょ?パパに執着するママの演技とか見てみたい。」
「俺は役とは性格が違うぞ。」
「そうね。女心とか分からないタイプだし、こっそり夜中に何か食べたり詰めが甘かったり。」
「そこまで言うな。寛大でオープンだって言えば十分だろ。」
その日の夜は部屋で友達と通話をしていた。
「うちの兄ちゃん彼女出来たの。」
「え、良かったじゃん!モテそうだからいつか出来ると思ったけど。」
「だから今度うちでパーティーしたいって言ってるの。あんたも来る?」
「もちろん!あんたの兄ちゃんの彼女ってどんな人か気になるし。」
「写真送るから見て!」
「ちょっと待って。」
彼女は電話を片手に取って静止した。またあの叫び声が聞こえた。
「ねえ、どうしたの?フェリシア!フェリシア!」
彼女は何も言わずに電話をきった。
「ママ!!」
母親は睡眠薬で寝かされていた。
「パパ!!」
頼れる人は誰もいない状況だった。
「どうして!」
「アリッサ!会いたい!アリッサに会わせろ!」
「アリッサ…?」
彼女は震えながらテレビを見ていた。そのテレビも誰かが監禁される映画だった。




