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第十五話:激昂

「しかしまあ、隠れるには最適の場所と言えよう」

 深紅の騎士、ジェレミ・イェーガーは退屈そうに従業員室を見回す。

「おのれ……ここは貴様などがいていい世界ではない! 今すぐ立ち去れ!」

「そう言うな。お前を迎えに来てやったのだから、感謝するがいい」

「減らず口をっ……」

 愛奈さんはジェレミに飛びかかろうとしたが体が言うことを聞かず、苦悶の表情を浮かべながら床に膝をついてしまった。明日香さんはデスクの下に潜ってびくびくと震えている。

「おお愛奈よ、満身創痍ではないか! 一体全体、誰がこのような酷いことを!」

「くっ……!」

 ジェレミは高らかに笑いながら愛奈さんを見下す。

 この男が。この男が愛奈さんをあんな風にしたんだ。僕は体の奥底から何か、ふつふつと湧き上がるものを感じた。

「さあ帰ろうぞ! 我らの素晴らしき世界へ!」

 そう言ってジェレミが愛奈さんの腕を掴もうとした時。

「……なんだ、この小僧は」

 気が付くと僕の体はジェレミの目の前にあった。

「……あ、いや……その」

 両手をいっぱいに広げながらジェレミに立ちふさがる僕は自分のあまりの突発的な行動に次の一手が思いつかず、ただ固まる。あの愛奈さんを戦意喪失にまで追い込んだ奴だ。殺されてしまう危険だってあるのに。僕の頭はとうとうおかしくなってしまったのだろうか。

 ジェレミの冷徹な視線が刺さる。間違っても目なんて合わせられない。

「俺の前に自ら立ってきたというのに名も名乗らないとは。この小僧は礼儀も知らんのか」

 ジェレミは侮蔑のこもった溜息を吐きながら続ける。

「つくづくここの連中は腑抜けている。なあ愛奈よ、何故お前はこの場所に固執するのだ。何故、このような連中といるのだ」

 言うとジェレミはおもむろに室内を歩き始めた。

「確かに、ここは俺たちの国では見ないような妙なもので溢れてはいるが、どれも使えなさそうなものばかりだ。なあ小僧、一つだけ聞いてやる。ここは一体何をする場所なのだ」

 ジェレミの問いかけに僕はびくっと肩を震わせて、蚊の鳴くような声で答える。

「……み、店。商売をする所……だ」

「ほう、店! 店か! なんだ愛奈よ、お前はとうとう戦うことをやめ、商いに興じることにしたのか!」

 従業員室に胸糞の悪い笑い声が響き渡る。

「こんな薄汚い、店と呼ぶにもおこがましい場所で、騎士ともあろうお前が惨めに商いとは、落ちるところまで落ちたなぁ!」

 一通り従業員室を見て回ったジェレミは依然として店の罵倒をやめない。そして、あるものに目が留まった。

「む、このかごに入っているものは……食糧か」

 店で売れ残った廃棄処分される予定のお弁当、おにぎり、サンドウィッチなどが入ったかごだった。

「なんとまあ下品な……まあ、平民上がりの貴族であるお前にはご馳走と言えるか」

 ジェレミはかごの中からおにぎりを一つ取り、ひとしきり眺めてから無関心そうにかごに戻した。

「なんともまあ――」

 そして。

「程度の低い場所よ!!」

 渾身の力で、かごを蹴っ飛ばした。

 飛び散る弁当の残骸。悲しげな音を立てて落ちるおにぎり、サンドウィッチ。かごは原型を留めておらず、スクラップとなって床に散らばる。

 僕はこの状況がよく理解できず、放心状態で立ち尽くしていた。たぶん、僕はこのいけ好かない男に店のことを馬鹿にされているらしい。

 自分自身、この店に誇りを持ったことなんてないし、小さい頃は普通にサラリーマンをしている父親の同級生なんかが羨ましく思えたりして、逆に自分の親の職業を聞かれたりすると恥ずかしくて何も言えなかった。「ねえ、どうしてお父さんはスーツを着ないの?」 と父親に尋ねたこともあった。要するに、愛着がなかったのだ。

 しかし僕は今、全身の毛が逆立つほどに怒りを覚えている。これは今まで抱くことのなかった感情だ。故に、僕は何に対してここまで気分を害しているのか、自分でもわかっていなかった。

 僕は今、頭に来ている。おそらくその原因はこの男にある。今すぐにでもぶん殴ってぼこぼこにしてやりたい。

 それなのに。アドレナリンの染み出た頭ではそう考えているのに、僕の足は笑ってしまうくらいに震えていた。

 結局は、怖いの一言だった。僕は力なく俯く。

「せっかく愛奈を見つけたというのに、このちんけな店のせいで興が醒めてしまった。愛奈よ、命拾いしたな」

 ジェレミは冷めた口調でマントを翻し、ロッカーへと向かっていく。

「お前の命はいつでもこの俺が掌握している。そのことを忘れるなよ」

 そう言って、ジェレミがロッカーの中に片足を踏み入れた時だった。

「……出ろ」

 瞬間、従業員室の空気が変わった。

 そのただならぬ気配にジェレミは振り返り、その顔も険しくなる。

「表に出ろ、ジェレミ・イェーガァァァァァァ!!」

 耳をつんざく咆哮が、従業員室にこだまする。


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