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第十四話:闖入者

「――そんなもの」

 僕の問いかけに対し、数分の沈黙の末、愛奈さんは口を開いた。

「世界を平和にしたかったからに決まっているっ!!」

 浴室が揺れた。

 愛奈さんの突然の叫びに僕は呆気に取られる。そしてどこにそんな体力が残っていたのか、愛奈さんは勢いよくお風呂をあがると僕に言った。

「佑樹、これまでの私の弱音は聞かなかったことにしろ。前言撤回だ」

「え?」

「礼を言おう。お前に話をして良かった」

「は……はあ……」

「では、私は先に出る。お前はゆっくりしていろ」

「あの……」

「それと、英気を養うために今晩はここに泊まる。どこか空いている部屋はあるか」

「僕の隣の部屋が空いてますけど……」

「よし。そこに布団を敷いてくれ。それではな」

 愛奈さん、光の速さで退室。

 僕はぽかんと扉の方を見ながら思考停止。柄にもなくちょっと良いことを言おうと思ったんだけど。あれかな、自己解決ってやつかな。元気になってくれたみたいだから嬉しいけど、釈然としない。これは釈然としないぞ。

 何だったのだろう。僕は投げやりに口までお風呂に浸かってぶくぶくと泡を出す。

 こうして僕の人生初となる混浴体験は唐突に、ものすごい不完全燃焼に終わった。お湯、少ないなあ。



       ◇



「あ、愛奈さん。おはようございます」

「うむ」

「体の調子はどうですか?」

「一晩ゆっくり寝られたお蔭で、幾分か軽くはなったな。依然として節々は痛いがな」

「まだまだ安静が必要ですかね。どうですか、今日一日は僕んちで療養してみては」

「そうしたいのも山々だが、私は行かなければならない」

「ですよね。そう言うと思いました。でもその前に、朝ごはんにしませんか? 食パン焼くんで食べてってくださ」

「いただこう」

「……ですよね」

 時刻は朝七時。学校へ行く支度をしているところで愛奈さんが台所にやってきた。昨日寝る前に磨いたのだろうか、愛奈さんの鎧は少しだけ綺麗になっていた。でも、家にいるときくらい鎧は脱いでもいいんじゃないですか。

 口の端からよだれを垂らす愛奈さんに僕は苦笑する。そういえば愛奈さんは昨日、お風呂に入ってそのまま布団に直行だったから何も食べていないんだった。

 一時はどうなることかと思った愛奈さんの様子は、昨日に比べて気持ちはどうにか上向いたみたい。でも怪我は一日そこらで治るような優しいものではなくて、時たま顔をしかめる愛奈さんを見るとまだ僕は安心することができなかった。

 僕が焼いたトーストに嬉々としてかぶりつく愛奈さんに少しだけ頬を緩めながら、僕もトーストをかじる。久方ぶりの二人での朝食は、不思議なくらいに居心地が良かった。



「おや、登校前に店に寄るなんて珍しいこともあったもんだ」

 愛奈さんを見送ろうと登校前に従業員室に寄ると、夜勤明けの明日香さんが携帯電話を弄りながら缶コーヒーを飲んでいた。

「お疲れ様です。愛奈さんを見送ろうと思って」

「愛奈ちゃんを? ……って、愛奈ちゃん!? いつの間に来てたのさ! 心配したんだぞ!」

 明日香さんは愛奈さんの両肩をぐっと掴み安堵の溜息を漏らした。

「心配かけたな。昨晩戻ってきたのだ」

「ってことは、佑樹くんちで一晩明かしたってこと?」

「そうだ」

「ほほー、佑樹くんも案外隅に置けないんだなあ」

「な、何言ってるんですか」

 明日香さんは意味ありげににんまりと僕のことを見る。

「愛奈さんがゆっくりと休ませてほしいと言ってきたんで泊めてあげたんです」

「愛奈ちゃん、佑樹くんに何かされなかった? 疲弊してる女の子を襲うのは男の常套手段だからさ」

「な……襲うなど……明日香は何を言っている」

 顔を真っ赤にしてたじろぐ愛奈さん。そんな反応をされると僕が本当に何かしたみたいじゃないですか。……何かあったのは事実だけど。

「そんな顔しちゃって、可愛いなあ。でもまあ男女が一つ屋根の下で起こることと言えば一つしかないから、そんなに恥ずかしがることはないよ」

「だから何もなかったって言ってるじゃないですか!」

 たたっ切られますよ。

「……よくわからんが私はもう行くぞ」

「あ……はい。無理はしないでくださいね。歩いていられるのも不思議なくらいなんですから」

「普段より鍛錬を積んでいればこれくらいは造作もない。私を甘く見てもらっては困る」

 言うと愛奈さんはロッカーに手をかける。ああ、また行ってしまう。

いざ愛奈さんがまた向こうの世界へ行くとなると、どうにも引き止めてしまいたい自分がいて、僕は自分の優柔不断さを恨めしく思う。一体、僕は愛奈さんにどうしてほしいのだろう。

こうして、僕が一人葛藤している時だった。

見ると、ロッカーを開けた愛奈さんの顔から、余裕が消えていた。

「な……」

 ただならぬ空気に僕は思わず一歩後ずさった。

 ――なんで、こんな時に。

「愛奈よ、やはりここに隠れていたか。見えなくなったので探したぞ」

「ジェレミ・イェーガー……!」

 愛奈さんは苦虫を噛み潰したような顔で男の名を口にする。

 ロッカーから突如として姿を現したのは、深紅の鎧を身にまとった男だった。


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