第62話 まなざしに焼かれる
「それが、父?」
初めて聞く父の話にリルは乗り出して耳を傾けた。
「父はあなたの命を救ったってこと?」
「そうだな……」
当時のディートヘルムは自身が抱えている傭兵は別として、雇いの傭兵はあくまでも金との繋がりで信用をおいていたわけではない。自身も雇われ側に立てば同じだったからである。だから雇った者の顔も名前も、いちいち覚えていなかった。雇い主が死んだらそれで終わりだ。それなのにまさかわざわざ身を挺してかばうなんて考えられなかった。
「馬鹿なまねをすると思ったが、それ以上に興味がわいた。あの男は散り散りになった兵に指揮をしてあっという間に引き上げた。その手腕はその辺にいくらでも転がっているような傭兵とは明らかに一線を画していた」
ディートヘルムは目を瞑り一度息をついてから口を開いた。
その頃本拠地にしていた領地へと戻った。それまで負け知らずだったディートヘルムの一隊はまさかの満身創痍といった感じで帰還し、すでに引退していた父は、負けて戻った息子に怒りと呆れをぶつけた。
——慢心の結果だな。
父は道を譲ったといえど、ディートヘルムの大陸の統一にはずっと苦言を呈していた。最初は叶わぬ夢だとあしらっていたが、次第に力をつけていても良しとはしなかった。そんな父の傍らを通り過ぎ、医療班をよびつけて治療に当たらせる。
しかし耳に残った父の言葉を反芻する。確かに慢心がこの結果を呼び寄せたといっても否定はできなかった。自身の年齢に焦りが募っていた。現実的に自身の代で成し遂げるのは難しいとは頭でわかっていている。それでもこの足で立てる間に、この手で武器を手にできる間に、この目で見える間に、自分が自分であり続けられる間に、欲望が鎖となって体に巻き付いていた。
口元を布で覆った医療班の一人がディートヘルムのドアが開け放たれた部屋の前にやてきてノックをした。
——ディートヘルム様、治療が終わりましたが、面会を希望された方がいます。どういたしましょう。
——小柄の男か。
——え、ええ。確かに小柄ですね。胸に矢を受けた者です。今は安静にと言ったのですが、どうしても会いたいときかないんですよ。
——わかった。会おう。
こちらからも改めて様子を伺うつもりだったディートヘルムは即諾し医務室へと案内してもらう。医務室は負傷兵でいっぱいになっており、ベッドに収まりきらない状態で、床に転がっている者も少なくなかった。ディートヘルムは全ての人に目を配りながら奥へと進んだ。会釈する者や、わざわざ立って敬礼をする者、逆に視線を外す者もいた。全て自身の力不足から引き起こした多くの負傷者にディートヘルムは申し訳なさで胸を痛めた。
一番奥のベッドに案内された。小柄な男はディートヘルムを見るなり、口元に笑顔を作って体を起こそうとしたが痛みからうまくいかないようだった。なによりディートヘルムをつれてきた女が、起こすことをゆるさず「無理はしないで」と諫めた。
ディートヘルムはまずは謝罪と感謝を述べると、男は軽く首を振った。
——あなたがご無事でよかった。
——しかし何故だ。貴様はただの雇われ傭兵だろう。ワシは貴様の名も知らない。何故、助けたんだ。
ディートヘルムはベッドの傍にあった木製のスツールに、ちょこんと慎重に腰を下ろす。自室にある上質な木材をふんだんに使った椅子と同じように座れば、巨躯を支えきれず崩壊しそうであった。男は笑みを浮かべたまま今度は目を細めた。
——僕はあなたの思想に惚れたんです。
ディートヘルムは眉を顰めて顎をしゃくった。自分に取り入ろうとする軽口のように聞こえた。そんな思いを察したのか男は無理もないと胸の内を明かそうと眉を開いた。
——戦場に出る前の晩の日、あなたの傭兵団から聞いたんです。ディートヘルム様はこの大陸に蔓延るくだらない争いを終わらせるために大陸全土を掌握するんだって。その話を聞いて初めは夢物語のように思えました。でも戦場でのあなたの強さに全身が粟立つような感覚が忘れられない。もしかしたら本当にやり遂げてくれるのかもしれないと。だからこそあなたを失うわけにはいかないと思ったら体が勝手に動いたんです。
男の声には確かに熱が籠もっていたし、涼やかな目にはまるで炎が宿っているように見えた。言葉はいくらでも取り繕える。全てが取り入るための嘘かもしれないと危惧しながらも、ディートヘルムは男の熱いまなざしから目が離せないでいた。
——ディートヘルム様、どうか僕を末端にお加えください。あなたの理想を叶える一助となりましょう。
まるで大昔に読んだ小説の陳腐な台詞だと冷めた気持ちでいる中で、男の熱さに感化されている自分がいた。
——そんな大口を叩いているなら、さっさと傷を治して証明しろ。
ディートヘルムはスツールから腰を上げて男を一瞥した。男は人なつっこい笑顔で短く「はい」とだけ返事をした。
「そのときのワシは決してあの男に心を許していたわけではなかった。甘い言葉につられるほど若くはなかったし、雇いの傭兵に対して警戒心もあった。ただ駒が一つ増えたと考えるつもりだったワシとは違い、ユッタはそうではなかったのだよ」




