第63話 ヴィンセントの計画
「あの男は人の心に入り込むのがうまかった。人なつっこい笑顔、甘いマスク、熱い心、誰もが男の何かに惹かれて近づいた。ワシもその一人だった」
ディートヘルムはそう言ってリルの瞳をまた見据える。かつて自分が惹かれた瞳と同じものを持ったリルに、懐古と怖気を感じていた。
あの男——ヴィンセント・ツィックラーは、ディートヘルムの傭兵団に入ってからすぐに頭角を現した。細腕では戦力にはならないとそれほど期待はしていなかった。しかし無駄のない身のこなし、まるで踊っているかのような美しい剣捌き、剣を力任せに振り回す屈強な男たちにはない戦い方に目を引かれた。そして何よりも際立っていたのは頭脳だった。それまで力押しでどうにかしている部分が多くあり、死傷者の多さがディートヘルムの悩みの一つであったが、それを補ったのがヴィンセントだった。ヴィンセントの戦略は無駄な死傷者を格段に減らしていった。そして以前よりも格段に領地を増やしていった。全てが順調だった。
「それまで懐疑的な態度をとっていた傭兵も、次第にあの男に心を許していった。ワシも同じ思いでありながらも、どこか一線を引いていた」
「どうしてですか」
「人当たりはよいが、決して心の隙を見せようとはしなかったからだ」
常に笑顔を絶やさなかったヴィンセントに振り払えない不審を抱いていた。そして何よりも、ディートヘルムにはその瞳の奥に見え隠れする野心がぎらついているように見えたのである。
「ワシの不審をヴィンセントは嗅ぎつけていたのかもしれない。上辺では忠誠をみせつつも決して手の内を明かそうとはしなかった。しかし不審を抱いていたのはワシ以外には多くなく、心を許す者の方が断然多い。特に傭兵団を支えてくれる女子が特に、な……」
ディートヘルムの眉間に皺が深く刻まれた。言葉の端々に怒りを感じていたが、ついに尻すぼみの言葉の後に苦々しく舌打った。リルはディートヘルムが何に苛立っているのかわからず小首を傾げる。
「見目の良さと愛想の良さは、若い女子が放っておくわけがない」
そこまできいて「ああ……」と納得し首肯する。
「勝ち気で男勝りの末娘も同じだった。年若い者同士が近づけば、よい仲になるのは無理はないだろうが、ワシからすれば、悪意を知らないような無垢な女子を籠絡する方が簡単なのではないかと邪推してしまい、どうにも納得がいかなかった」
リルはごくりと喉を鳴らした。それだけを聞いてリルは多少過保護気味なのではないかと感じつつも、自身が置かれた廃工場の出来事に繋がってくるとなると決して気のせいだったというわけにはいかない。
「二人の仲はワシの知らぬところで急速に近づいていき、ついにはユッタから結婚の申し出があった。ワシは反対をする間もなくユッタは自身の腹に手を当てた」
リルは片手を思わず開いた口を隠すように覆った。
「そして頃合いと言った頃に、ヴィンセントはいつもの笑顔でとある計画を持ちかけてきた。そう本当に機を見ていたとしか言い様がない位のタイミングだった。娘を籠絡し、腹の子を盾に使っているようにワシには見えた。目の前の男の双眸の奥が冷あまりにも冷ややかでかみつく瞬間を待っている獣を飼っているように見えたのだ」
もう何度となるだろうか。ディートヘルムはリルの双眸に亡霊でもみるかのように睨み付ける。かつて同じくしたように。そのときのヴィンセントはリルとは違い、ずっと笑みを称えていた。
「父の計画とは……」
リルは萎縮しながら訊ねると、ディートヘルムは過去の幻影を振り払うように息をついた。
「……ヴィンセントはそれまでも多くの利益をワシの傭兵団にもたらしてくれた。本拠地となったこの土地もそのうちのひとつだ。何千年前か……ワシら人間には到底想像もつかないほどの悠久の時だ——ここでしか採れないといわれている鉱石を掘った大穴だ。それまでは落石の懸念から見向きもされなかった大穴だ。実際は非常に頑丈で簡単には崩れることのない鉱石があった、らしい」
全てはヴィンセントの知識上だとディートヘルムは面白くないと不満げに呟いた。
「どんな道具を使っても石壁を崩すことは叶わなかった。しかしそれは採掘のために掘られた穴は住居に適してることを証明していた。ワシらは拠点を移した。人が多く集まっていた頃だったが、全ての人間が居住しても余るほどだった」
ディートヘルムはもう一度息をついた。不安げに見据えるリルの姿が、瞬き一つで鮮明にヴィンセントの姿に置き換わる。
「そして今おまえが座っているその席にユッタとヴィンセントは座って、ワシを見据えていた。熱心に説得しようとするユッタ、反して冷静に語りかけるヴィンセント、正反対の二人がワシを説得にかかった」
——大陸統一は順調に進んでいると思いますが、やはり時間がかかりすぎます。あなたの手でつかみ取るには大いなる力が必要かと。そこで私からの提案にひとつ乗ってみませんか。
——提案だと?
——ええ。精霊の力を使うんですよ。
——ワシにおとぎ話でも聞かせるとは、いつも聡明なおまえらしくない提案だな。
——とんでもない。これはおとぎ話なんかじゃありませんよ。海に浮かぶ古代都市でも研究が進められている人工精霊を我々の手でつい創り出すんですよ。




