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クライス  作者: 桝克人
第二章

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第59話 胸を張れ

 数日かけて馬を走らせた。長旅でもレオナードをはじめとする隊の部下たちは疲れを見せなかった。リル自身は慣れない乗馬に足腰が悲鳴をあげている。しかし使い慣れない筋肉の疲れ以外はさほど苦にはならなかった。それも恐らくレオナードの部下たちの視線が変わったからだろうとリルは実感した。


 シュレイム村から拐かされた時は、誰もさほどリルに興味を示さないでいた。おそらくレオナードが連れている戦利品といったところだろう。しかし仕立てられたドレスを身にまとった日から、彼らは姿勢を正し、時には頭をさげることもあった。


「人は美しいものに敬意を払う」


 とある夜の夕食時、レオナードの天幕の中で向かい合わせで夕食を共にしているときに、何気なく訊ねてみるとレオナードは喉を鳴らして笑った。


「おまえが精霊であるかどうかは一見するだけではわからないだろう。あの力を見ていなければ、おまえはただの村娘でしかない。しかしそれなりに飾れば、見る側が勝手に付加価値を見出す」

「付加価値ですって?」

「不満か?」

「当然でしょう?ものみたいに扱われて喜ぶ人がどこにいるのよ」

「しかしおまえはすでに物のように扱われたじゃないか。男二人に為す術なく」


 リルは捕まれた腕の感覚を鮮明に思い出して、背筋が冷えて体が強ばった。


「どこへ行ってもああいう輩はいる。こちらが排除しても必ずウジ虫のようにわき出でてくる。ならばどうすればいいか、答えは卑怯な輩よりも力をつけるしかない。俺たちにはそれが可能だが、おまえはどうだ?」


 何も言えなかった。実際腕一つ動かせないどころか声だって出なかった。


「だからそのドレスを与えた。見栄えを整えることは弱者にとっての鎧だ」

「鎧……」

「とはいえ、おまえの場合それでようやくそれなりに見えるまでなのが問題だ。あとは自分で力をつけていくしかない。おどおどせずに胸を張れ。たとえそれが虚勢でも、相手が信じてしまえばこちらのもんだ」


 レオナードの自信溢れる笑みにリルはまた圧倒される。リルは怯みそうになる自身に言い聞かせるようにして、たどたどしく体を伸ばし胸を突き出して見せる。レオナードは鼻で笑って食事を再開していた。

 

 長い旅の先、ついに本拠地にたどり着いた。リルは懐かしさを覚えていた。本拠地の領土内に入るとぽつぽつと建つ家が木材でも石材でもない。鈍色に輝く鉄の家である。家と言うより箱といった感じだ。古代文明都市(クライス)の雑多な雰囲気に似ている。


 次第に地面がむき出しの土から舗装された石畳へと変わっていくと、家々が並ぶようになってきた。


「おかえりなさいませ!」


 大きな声が耳に届いた。前を見ると、リルよりも少し幼げな顔つきの丸顔の少年が諸手を上げて大きく振っている。後ろにも何人かの大人が待ち構えていた。


 馬の嘶きと共に止まるとレオナードは先に馬から下りて手を差し伸べた。リルはその手をとって馬から下りる。待っていた男たちがそれぞれの馬へと駆け寄って、手綱を引いて皆一様に同じ場所へと向かっていく。視線をたどると、視界の奥の方に馬小屋があるようだった。


「長旅おつかれさまでした、レオナードさん」

「これ!レオナード様だろうが」


 老年の男が拳で少年の頭を小突いた。少年は「いってー!」と大げさに痛がって頭を押さえる。レオナードは少年の頭の上に大きく手を広げてすっぽりと収めてから乱雑に撫でると、少年は嬉しそうに笑った。


「頼むぞ、ブレン」

「おまかっせください!」


 レオナードは馬を手のひらで叩くとブレンと呼ばれた少年は調子よく弾むように答える。ブレンは手綱を受け取り、馬を撫でてから老年の男と共に馬小屋の方へと引いていった。


「さて」


 レオナードは整列した部下たちの方へと振り向いた。


「今回の任務はこれで終わりだ。ご苦労だった。次の命令があるまでしっかり体を休めておけ。解散」


 レオナードの合図と共に、彼らは靴を一斉に鳴らして敬礼をした。そして散り散りに各自思うところへと足を向けていく。


「おまえはこっちだ」

 レオナードは顎でついてくるように示す。リルは後ろをついて行くと、眼前には自分がちっぽけな存在だと思わせる巨大な穴が口を開いている。鉄の壁にはいくつもの小さな穴が開いており、鉄の足場とが張り巡らせている。


「早く乗れ」


 レオナードに急かされて鉄で編まれた籠に乗る。がこんと大きく揺れたかと思うと、今度は細かく揺れ動きながらゆっくりと奈落へと沈んでいく。リルは体勢が崩れそうになり鉄網に手を添えた。鉄網の奥には等間隔で並んだ頼りなげに明滅していた。


 奥底へとたどり着くと、レオナードは鉄網を開けて降り立った。見張り役といったような人がレオナードに敬礼をした。


 リルはどれほど降りてきたのだろうと天を仰ぐと、世界を包み込んでいた青空が円形に切り取られ、青さがより鮮明に際立っている。


 先へと進むレオナードに遅れをとらないように鉄の床に踵を打ち鳴らしながら後をついて行く。すれ違う人々――特に女性が多く見える――はレオナードを見ると必ず足を止めて敬礼をし、また後ろをついて行くリルを凝視していた。なんだか居たたまれない気持ちに苛まれて視線をそらしているが、レオナードに言われた言葉を思い出す。


 ——おどおどせずに胸を張れ。たとえそれが虚勢でも、相手が信じてしまえばこちらのもんだ。

 リルは一度目を瞑り呼吸を整えてから目を開いて胸を張り前へと進んだ。

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