幕間 家族
大きく開かれた玄関から大きなレオナードの背中と足元が覚束ない危なっかしい小さなリルの背中を見送る。ここからでは門扉は見えないが、ぎいっと重量のある軋んだ金属音が、見送りに来た誰彼の耳に届いた。
「ママ、遊んできてもいい?」
足元でスカートを握っていたエルガーが上目遣いで指をさす。まだ開かれたままの玄関先の整えられた庭を指さした。最近のエルガーは庭師から花の名前を訊ねるのが彼の流行らしい。
「構わないけれど、皆のお仕事の邪魔をしてはダメよ」
「はあい」
エルガーは少しふてくされた顔をして走っていった。きっとレオナードが用意させた一張羅を、今日も泥だらけにするのだろうと嘆息する。使用人たちは温かくエルガーを見送った後、それぞれ自身の仕事のために動き出した。
「よしっと。マダリン、着替えるのを手伝って頂戴」
使用人の一人——湯番のマダリンを呼ぶと、あからさまに呆れ顔で目を据わらせている。彼女はギルベルタがレオナードに見初められるよりももっと古い友人、今は少しだけ遠くなった記憶——奴隷時代の苦を共にした大親友である。
以前はそんな仲間たちがレオナードの屋敷に引き取られた。レオナードは全ての奴隷に教育を施した後に、より良い奉公先を斡旋した。良縁に巡り会えた者も多くいる。おかげで当時の仲間はほとんどこの屋敷にはもういない。残っているのはマダリンと、この屋敷を管理する執事、庭師、料理長くらいである。
「奥様……冗談ですよね」
「冗談なんかじゃないわ。その奥様も今は止めて頂戴。今日は来客の予定もないんだもの」
「そのイヤリングに合わせた最高の出来なのに」
マダリンは自身の耳たぶを、ちょんちょんと人差し指で突く。ギルベルタの耳には雫型のイヤリングが揺れている。揺れるたびに白い輝きの中に薄いベールが張られた薄い空色が煌めいた。
「それ、半年前にレオナード様が手に入れた精霊石なんでしょう?」
精霊の亡骸と呼ばれる精霊石。大昔は其処ら中で手に入れることができた——らしいとギルベルタは聞きかじりの知識で知っている。精霊自体が狩り尽されたことや、精霊石も取りつくされてしまった。数百年も前に多くの精霊石が海の上にある大きな建築物である、超古代都市のクライスに持っていかれたことで極端に数を減らした。
それ以来、精霊はもう存在しないと考えられているが、シュレイム村の近くで精霊の石がレオナード隊により発見された。首領に報告すると、その辺りに大精霊の逸話が残っているらしい話を聞き、調べるように仰せつかったのである。精霊席を見つけたことと精霊自体を探しに行く前払いとして精霊石の一部を貰ったので、レオナードはギルベルタの贈り物としてイヤリングに加工してもらったのである。
「ええ。あまりにも綺麗で見とれていたら、アクセサリーにしてくれるって言ってくれたわ」
——ネックレスか指輪も捨てがたいが、御覧。傾けるとダイヤモンドのような輝きの中に色が見えるだろう。おまえの耳元で揺れる様子が美しいと思うのだが、どうだろうか。次に帰ってくるときには贈り物にしよう。
「そう!」マダリンは人差し指を立ててギルベルタの前に突き出す。「レオナード様が出発なさる前にその美しいイヤリングを付けたところを見せたいというから朝早くから準備をしたわ。それなのに着替えるですって?」
「だって。これから掃除もしたいし畑のお世話もしたいもの」
「あのねえ……奥様は奥様らしく優雅にお茶でもなさいな。予定がなくたって急な来客があるかもしれないのよ」
「そのときはそのときよ。いいから手伝って頂戴」
ここで言い合ったところで平行線にしかならないとギルベルタは自室へと歩き出した。マダリンはぶちぶちと文句を垂れながらあとを追いかける。
「あなたに家の仕事をさせてるなんてレオナード様にばれたらどうするのよ。以前も体の弱い我妻をよろしく頼むぞって念押しされたのに、そんな風にされると困るわ。あの方が帰ってくるまでにあなたに何かあったら私たちよくてクビ、最悪殺されちゃうわ」
「そんなことしないってわかって言うのはずるいわ」
この屋敷に連れて来られた頃だ。誰もが使用人として雇われているが、この屋敷に住まうものは家族と平等だとレオナードは言った。それはマダリンや当時の使用人に限らず、後から雇われた者、皆にそう言った。
「あの人だって本気で言ってるわけないじゃない。それに今日は本当に調子がいいの。動けるときに動きたいわ」
「あなたはこの家の奥様よ?レオナード様がいない間は名代なのだから、それらしい振る舞いをしてよね」
「もちろんよ。でも家族の前ではいつもの私で居たいのよ」
「本当に狡いんだから……そんなこと言われたら何も言い返せないじゃない」
半歩後方を歩くマダリンに目をやると口をとがらせている。
「少しだけだからね。体調が悪くなったならすぐにベッドに送り込んでやるんだから」
マダリンは大股でギルベルタの前へと進み、ギルベルタの自室の扉を開けた。わずかに頬が紅潮していた。




