第58話 力のあり方
「流石だなギルベルタ」
ギルベルタに連れられて、広間へと行くとすでに玄関前でレオナードが腕を組み出発を待っていた。踊り場に現れたリルを見てレオナードは感心し、満足気に口元に弧を描く。
「いい出来栄えだ。口を閉じていれば権威を示されそうだ」
「どういう意味?」
リルは下から睨み付けるとレオナードは喉で笑う。
「立派な包装紙でも価値があるってことさ」
あんまりな物言いに言い返すのも面倒になり、ただ目をそらして失礼だと心中で呟いた。
「では行ってくる」
「あなた。お気をつけて」
二人はフレンチキスを交わし名残惜しそうにどちらからともなくそっと手を離す。
「パパ、早く帰ってきてね」
レオナードは寂しさを押し殺す幼気な子供を抱きかかえた。
「母を守ってやれ。いいな、エルガー」
「はい。お父様」
エルガーはレオナードの肩に頭を埋めて暫く離れる父の匂いを嗅いで強く抱きしめる。レオナードもそれに応えるように手に力を込めて抱き返した。
外には馬車が待っており、それに乗り込むと間もなくして走り出す。家族の前では柔らかな笑顔も見せていたレオナードの険しい顔に戻っていた。リルは立派なドレスに、剥きだしになったうなじ、化粧の匂い、不慣れなものばかりに落ち着かない。何よりも足を締め付ける靴が一番厄介だった。
靴だけはオーダーメイドというわけにはいかなかった。幸い何年か前に履いていたギルベルタの靴がリルの足のサイズに近かったので用意されたが、幅の狭い窮屈な靴に不快感を覚える。それも踵のある靴は履きなれていないので歩くのも一苦労だった。馬車に乗ってから体を屈ませて足をさすって痛みを誤魔化しているとレオナードは不満そうに眉を顰める。
「そんなことで大丈夫なのか?」
「大丈夫なわけないじゃない。こんな靴、履いたこともないし」
「全く。これでは本当に側だけが立派ではないか」
あからさまに溜息をついて情けないと付け足した。かどわかしてきた人間に無理やり立派なドレスを着せられてる身にもなってほしいと心の中で悪態をつく。
「こればかりは慣れてもらうしかない。とにかく威厳を見せつけろ。精霊らしく、な」
「威厳って何?精霊に威厳なんているの?」
「我々には必要だ。たとえそれがまやかしのものでも」
「大陸の支配のためってやつ?」
「ギルベルタから聞いたか。全くその通りだ」
「そんなのが可能だっていうの?」
「少なくとも首領はそう考えている。大小問わず、常にどこかしらで火種がくすぶっている。それを終わらせるには大陸をひとつにまとめるしかない。そのために人智を超えた力を示す必要があるとな。それが貴様だ」
かつてこの世界には精霊がいた。人間は精霊と共に生きていた。しかし大陸ではもうお伽噺のような存在になりつつある。
「ところが各地に精霊伝承の話がわずかながらに残っている。それには意味があると首領は考えた。貴様がいたシュレイム村にもそういった噂があった。精霊を匿っていると」
リルは村を守るためとはいえ引き替えられたことに虚しさに混じり悲哀がこみ上げてくる。ぐっと耐えるために目をぎゅっと瞑って息を整える。
「こちらも最初こそはどうにも嘘くさいと踏んでいたが、資源の調達がてらに視察すれば、どうやら違うようだと聞く。試してみれば、この通りに」
レオナードはリルを見据えてにやりと冷徹に微笑んだ。リルは悔しくてこみ上げてきた涙を流さないように必死に耐えた。
「私の力で何をするっていうの」
「当然、我らが軍団でその力を存分に使ってもらう。どの戦でも貴様の力を見せつけてやればいい」
レオナードの言葉の意味が昨夜のギルベルタの言葉と重なる。
「私は……!」
人殺しのために力を持っているわけではない。そう言い返したかった。しかし現実に何の力になるのだろうかと自問する。ジャニーネの命を救ったことや落馬したキンスリーを助けたことで、少しだけ自身の力にも役立てることがあるのかもしれないと自負していたが、反面制御しきれず母を殺した力でもある。リルは震える手を抑えるために膝の上でぎゅっと拳を握りしめた。
馬車は町の門の前で停まった。先にレオナードが下りて、リルに手を差し伸べるが、リルはその手を払いのけた。
「一人で歩けるわ」
「よかろう」
レオナードは笑っていた。リルにはそれが嘲笑のように見えた。底知れぬ力とは対照的に、自身は一人で逃げる力も勇気も持たない哀れな自身を笑っているのだと思った。
門を潜ると、レオナードの部下たちが整然と並び姿勢を正して待っていた。しかし、リルが現れるとざわめきがおこる。誰もがレオナードではなく、リルへと視線を注いだ。レオナードは満足気に目を細めてから、部下を一瞥する。
「出発だ」




