第54話 力強い手
レオナードの言葉に反論も出来ず、ただ彼の後ろをついて行く。その間街の様子を眺めていると、レオナードの言うようにこの街は活気に溢れ、不自由さが見当たらない。少なくともリルの視界に入ったものはそうだった。
商店が立ち並ぶ賑やかな通りを過ぎてしばらく歩いていると、とある店の前でレオナードは足を止め、洋裁店の看板が掲げられた店の中に入った。レオナードは店の扉を抑えてリルに中に入るように示す。リルはおずおずと店の中に足を踏み入れた。店の中は色とりどりの布が詰め込まれた棚に、大きなテーブルが店の真ん中に置かれ、周辺にいくつかのマネキンに華美な衣装が飾られていた。地下があるようで床の下からゴンゴンと何かを叩く音やカタカタと木が打つような音が聞こえる。
「誰かいないか」
レオナードが大きな声を張り上げると、地下から眉間に深い皺を寄せた小さな老年の男性が上がってきた。耳には目印をつけるチョークが挟まっている。
「うるさいよ……ってなんだい、レオナードさんかい」
男性は大きくため息をついて、眼鏡を外しテーブルに置き、目頭をぐっと抑えている。
「至急頼みたいことがある」
「久しぶりに帰ってらしたと思えば……なんですかね。まさかそこのお嬢ちゃんの服を仕立てろってところかいね」
「その通りだ。話が早い」
「はあ……いつまでにですかい」
「明日だ」
「レオナードさん、そりゃあ、無茶な話ですなあ……」
「出来ないなら他を当たるだけだ」
「ご無体な。無理をすれば出来るとわかっていらしてるんだから」
「それだけ貴様の腕を買っている。この街では貴様の仕事が一番正確で早いからな」
「そりゃあ、どうも……」
男性はわざとらしく腰を叩いてから眼鏡をかけなおして、リルに手招きをする。首からかけたメジャーを外してリルの身丈を手際よく図る。
「お急ぎならサイズ調整してお出しできるものならありますよ」
「こいつに似合うのものか?」
「そりゃあ、もちろんです。今夜までにご自宅までもって上がりましょう」
「ああ、頼む」
レオナードは顎で行くぞとリルに示した。リルは男性に頭を下げて店を出る。レオナードはまたどこかへと歩き出した。
「どうして新しい服を仕立てるの?」
「何もおまえを好き好んで贈り物をしているわけじゃない」
「そんなことわかっています!」
赤面して否定すると、レオナードは喉で笑った。
「首領の御前にあがらせるのに、みすぼらしい恰好させるわけにはいかないだろう」
「み、みすぼらしい……」
シュレイム村では誰もが来ているようなふつうの服にケチをつけられて、リルはむっとした。
「此処で待っていろ」
レオナードはとある店の前でリルに指さした。逃げるなと言っているようだった。レオナードが店の中に入るのを見送ってリルは大人しく店の前に立ち待った。頭上で揺れている吊るし看板には宝飾店と書かれていた。
(誰かへの贈りものかしら)
リルは興味が沸いてドアの丸いはめ殺し窓から店内を覗くと、カウンターで商品を受け取っているレオナードの後ろ姿が見える。顔を動かした瞬間わずかながらに表情が窺えた。目を細くして愛おしそうな笑顔をしているレオナードに驚き僅かながらに顔をのけ反らせた。あんな乱暴者にでも女の人がいるんだと冷めた気持ちで目を眇める。リルは窓から離れてドアの傍にしゃがみ込んだ。
太陽がさんさんと照り付ける。リルは眩しさから逃れるようにして顔を膝の中に埋めた。
(リヒャルト無事かな)
理不尽な暴力に晒された姿を思い出して、リルは身をすくませた。
リヒャルトの心配をすると、次は自身の今後のことを考える。どこへ連れていかれるのか、どんな目に遭うのか、何をさせられるのか。考えてももうどうしようもないことを逡巡していると、自身の上に大きな影が出来ていることに気づいた。レオナードが出てきたのかと顔をあげると、知らない男が二人並んでリルを見下ろしている。門で見たような制服を着ている男だ。二人は不気味な笑みを浮かべている。目の奥がぎらりと光っているように見えてリルはぞっとした。
「お嬢ちゃん、こんなところで何をしているんだ」
「此処は暑いだろう。涼しいところで休んだ方がいい」
一人の男がリルの腕を掴んで立ち上がらせようと引っ張った。
「やめ、て、ください」
声を張り上げようとしたが、声が喉にひっかかってうまく声が出せず引きつるように言った。男たちにはリルの声が届いていないのか、わざと無視をしているのか、リルの腕を引っ張ってどこかへ連れて行こうとするものだから、リルは必死に引き離そうと腕を引っ張った。腕を掴んだ男は舌打ちをしてリルを睨み付ける。総毛立つような思いで手足がすくみ震える。男の手は更に強く握られ強い痛みを覚えた。助けを呼ばなくちゃ、そう思って口を開くが息があがるばかりで声が出なかった。
「何をしている」
ドアベルが鳴ったと同時にレオナードの低い声がリルの後ろで響いた。その声は、その場を、そして時までも止めるかのような凍てついた声だった。それまで獣のような眼をしていたリルの腕を掴んだ男は、あっという間に追われる側の小動物のように怯え、しきりに目玉を動かしている。
レオナードはつかつかと男の方へと近寄り、リルの腕を掴んだ手に視線を落とす。そこで漸く男はぱっと手を離した。リルは反動で体が店の方へと投げ出されるようにして倒れこみ地面に手をついた。リルははっとして顔だけをあげると、レオナードはリルには一瞥もせず男の方へと寄っていく。男は後ずさりしているがその足は小鹿のように震えていた。道の真ん中で四方八方逃げ場だらけのようなのに、男の後ろには壁に阻まれているようにそこから動けなくなっていた。
「もう一度聞く、何をしている」
「な、な、なにをってそこの女がしゃがみ込んでいたから、具合でも悪いのかと思って、それで、な、なあ!」
傍にいたもう一人の男に投げかけた。彼もまたいつでも逃げられるはずなのに地面から足がくっついてしまったように一歩も動けないでいた。
「そ、そうですよ。それにまさかレオナード様の連れだとはつゆ知らず……」
細かく首を縦に動かして、そこまで言うと男ははっと口を手で覆う。
そこからのことはリルはただぼんやりと成り行きを見ているばかりだった。二人の男はレオナードによって立ち上がれないほどに打ちのめし、その騒ぎを聞きつけた他の兵士が駆けつけて、二人の男を引きずる様にどこかへと連れて行った。レオナードが兵士に用意するように頼んだ馬車がやってくると、此処でようやくレオナードはリルの方へとやってきて手を差し伸べる。リルは震える手でレオナードの手を掴むと、レオナードはぎゅっと握り返し引っ張った。その手はとても力強く、しかし優しさが滲んでいた。




