第51話 ささやかな日常の終わり
リルとキンスリーは森の道を並んで走った。そして男は馬に乗ったままリルとキンスリーの後ろを優雅についてきた。リルはキンスリーに問いただしたいことがあった。リルの力を知っていて村へ誘ったのか、その力があったからこの村に住むことを勧めたのか、そしてリルの力をどうするつもりだったのか。しかし男の目もあってそれが出来なかったし、たとえ二人きりだったとしてもそんな余裕は、もうとうに尽きていた。せめて今は村が燃え尽きる前になんとか助けなくてはと、リルはそれだけを考えるようにして足を動かした。
村の入り口に近づくにつれ火は大きく見えたが、幸いにも燃え広がった様子はみられなかった。しかしごおごお燃え盛る一軒の家は今にも崩れ落ちそうになっている。その家の前に村人たちが固まっており、それを取り囲んでならず者が村人に剣先を向けている。その中にはプレストンやダボン、ジョアンナの姿も見え、リルはぎゅっと眉を寄せた。
「さて、女、やってみせよ。もし使えなかったらこの場ですべての村人をお前の前で一人一人殺していく」
男は背負っていたライフル銃を構えてリルの方へと向けた。そして村人へと銃口を向けると、怯えた声が広がる。男は「だあんっ」と撃つマネをすると村人たちから恐怖におののいた悲痛な叫び声があがった。
リルは震えた両手を目の前の家に向かって掲げる。
(落ち着け。落ち着いてやらなくちゃ)
恐ろしさから浅く吸った息が震えている。失敗は許されない。リルは目を閉じて頭の中で炎が消えるイメージを浮かべようとするが、焦ってしまい、イメージは揺れてぼやけてしまう。
「女、あまり待たせると指が滑って撃ってしまうぞ」
男は銃を構えなおして重苦しい金属音が鳴った。すると村人からまた悲鳴が上がり、泣き出してしまう者もいた。
「わかってます。やりますから……」
リルは大きく息を吸い止めた。掲げた手の指先までピンと伸ばし、もう一度頭の中でイメージをする。燃え盛る家周囲にぽつぽつと水滴が生まれ始めた。炎にふれると蒸発していたが、どんどん追いかけるように水滴が増えていく。次第にそれは家を囲う程に大きな水の塊となった。次第に炎は勢いを押し返されるようにして小さくなっていき、そしてついに消えた。リルは立ちくらんで膝をつくと、水の塊は弾けて地面へと叩きつけられた。リルは自身の水を頭から雨のように被りぐっしょりとずぶぬれとなった。
誰もがそれに目を奪われていた。特に男に限っては笑みを浮かべてその様子を楽し気に見ていた。
「はは……これはこれは、確かに本物じゃないか。見事見事。長もお喜びになる」
男は銃を背中に戻し、大げさに拍手をしてみせた。
「さて、これで女の力がはっきりした。この女を引き換えに貰っていく。よろしいな、プレストン神父、『様』」
名指しされたプレストンはリルを見据えてから視線をそらし、重苦しい沈黙の後に「ああ」と短く答えた。
「賢い返事に感謝申し上げますよ」
「待ってくれ!」
誰もが恐怖心からか押し黙っていた中で堰を切ったのはキンスリーだった。
「リルをどうするんだ」
「どうする?今更何を言うかと思いきや。ねえ、ダボン村長?」
ダボンは奥歯を噛みしめて、キンスリーの肩を力づくで抑える。
「父さん?とうして……」
「村の、ためだ」
「ええ、ご立派な志だ。トップが強くなくては何も守れやしない。その点わが主は長けた人物だ。今にこの大陸を掌握し、証明してみせるでしょう。力こそ、すべてだと。その点、あなた方は弱い。しかし賢い選択をなさった。誇りに思いなさい。一人の少女を差し出してすべての村人を守れたことを。あとは見習いのラムジーくんにもね。彼は実に賢い。五年の契約でこちらの木材の商売にまで成功しているのだから。これからもよいお付き合いのほどを」
男はわざとらしい手振りで恭しくお辞儀をする。それはまるで舞台上に立つ語り部のような仕草だった。
「さて、おまえたち、その女を立たせなさい」
村人を囲んでいた男たちがリルの方へとやってきた。乱暴にリルの腕を掴もうとした手を、リルは顔をあげて睨み付けて跳ねのける。男たちは怯み半歩程引き下がった。
「自分で立てます」
リルはぬかるんだ地面に手をつき拳を作る。ぎゅっと目を瞑ってから目を開いて立ち上がった。
「ほう……」
リルの目には怯えも悲嘆もなかった。もうどうすることも出来ないのだと諦めのような深い闇に閉ざされていた。しかし自身の力で立ち上がる姿に男は関心を覚え、感嘆の声を漏らした。
リルは村人の方へと振り返り、彼らの目を一人一人見るように視線を動かした。目をじっと見る者もいれば、さっと反らす者もいる。ダボンやプレストンは悲哀に満ちた目をしていた。そしてキンスリーは今にも泣き出しそうで苦し気に首を小さく横に振っている。
リルは微笑んだ。誰かが悪いわけではない。男が言ったとおりだとリルは理解した。ダボンもプレストンも村の住人を守っただけだ。よそから来た自分たちは差し出されても仕方がない。半年も村の住人にしてもらったことはリルには過ぎた幸福だった。リルは深くお辞儀をしてから男の方へと歩み寄った。男はリルを自身の馬に乗せて、並べられた村人を一瞥してから村を後にした。




