第47話 倒れたリヒャルト
小雨がまだ続いておりフードを被りながら作業を続けた。荷台の修理は無事に終わった頃には誰もが雨と汗にまみれていた。
「ありがとうございます。助かりました」
「あくまでも応急処置だから、帰ったらきちんと直してもらいなさい」
リヒャルトは何度も咳き込みながら言った。声も掠れている。
「大丈夫?」
リルがリヒャルトの顔を見ると顔色がひどく悪くなっている。
「平気だ」
乱暴に言い捨てて地面に置いてある背負いカバンを持ち上げようと屈むと頭がぐらりと揺れて体が倒れそうになった。なんとか踏ん張った。息を整えようとするが浅い息が続いた。
「平気じゃないでしょう。本当にすごい顔色になってますよ。こっちに乗ってください。すぐに医者のところに行きましょう」
「いや」
リヒャルトは手を貸そうと伸ばされたキンスリーを拒むように手で遮った。「医者はいいんだ」キンスリーは何度も医者のところへ行くべきだと説得を試みたが、頑として首を縦には振らなかった。
「それじゃあ、せめてうちの村で休んでください。お礼もしたいですから」
「気にしないでくれ。本当に……」
「そんなこと言って倒れられたら、俺の方が後味悪いですから。君も、いいだろう?」
リルは目を泳がせていた。人と関わりを持ちたがらないリヒャルトの考えにはリルも賛同しているだけに、世話になることは極力避けたかった。しかし此処で別れてもリル一人でリヒャルトの看病をするのは心細い。
「おねがい、します」
「リル、何を」
リヒャルトはついに体勢を崩してしまい後ろへと倒れこんだ。
「何をそんなに意地になっているのかわかりませんけど」
キンスリーはリヒャルトの腕を引っ張り上げて肩に担ぎ荷台へと乗せた。
「今度は俺の番だと思ってくださいね。さ、君も乗って」
リヒャルトの背負いカバンを持ち、リルは荷台に乗った。キンスリーは荷台と馬がきちんと繋がれているか確認して、馬へとまたがった。
「じゃあ、行きますよ」
足で馬に進むように合図をすると駆け始めた。あぜ道をがらがらと音を鳴らしながら車輪は調子よく回っていた。リヒャルトはしばらく浅い息を繰り返し憎まれ口のようなことを呟いていた。しかし自身の動かない体で何を言ってもどうしようも出来ず、次第に諦めたのか、それとも愚痴を付くことすらも出来ないほど体力を消耗したせいか、口を閉ざした。
やがて馬車は森へと続く道へと入っていく。そのころには雨はやんでいたが、濡れた木々から風が吹くたびに水しぶきが舞い降りてきた。
「もうすぐ着きますから」
キンスリーは馬を走らせている間、何度もリルやリヒャルトに声をかけ続けた。その度にリルは「ありがとうございます」とか「大丈夫です」と相槌を返す。リヒャルトの息が止まってしまわないか、そればかり考えていたので、キンスリーの声掛けは心強かった。
森の道をしばらく走っているとぽつぽつと家が視界の端々に映るようになってくる。
「あれま!キンスリー坊ちゃんじゃないか」
道を歩く一人の老人に呼び止められて馬のスピードを落とす。
「無事じゃったんか。ダボン様とジョアンナ様が心配しておったぞ」
「ええ、こちらの方々に助けて貰ったんです。ごめんなさい。先を急ぎます」
「どうかなさったんか」
「急病です」
「そりゃいかん。すぐに行って差し上げなされ」
キンスリーはまた足で馬に合図をして走らせる。間もなくして村の入り口と思われる木製のアーチが見えてきた。上部にかすれた文字でシュレイム村と書かれている。そのまま広場まで走らせていくまで村人と思われる人がキンスリーの名前を叫んだり、無事を喜ぶ声が飛び交った。
「キンスリー!」
大きな大樹が聳える開けた場所まで進めて馬車が停められた。細身の中年の男性と女性がキンスリーに駆け寄ってきた。女性はキンスリーに抱き着き頭を撫でている。母親だろうか。
「ああ、よく帰ってきてくれた」
父親だと思われる男性——ダボンはキンスリーの背中をぽんぽんと叩いて帰還を喜んだ。
「心配かけてごめん。父さん、母さん。それよりもプレストン神父様はどちらにおられますか。急病人を診てもらいたいんだけれど」
キンスリーは荷台の方へ視線を向けると男性は「おや」と言って近づいてきた。
「これは大変だ。ジョアンナ、教会のを開けて貰ってくれ」
ジョアンナはこくりと頷いて教会へと駆けて行った。
「君は、この人の家族かい?」
「そんなものです……」
リルはフードを外しながら答えた。旅の途中も同じような問いかけをされたが、いちいち説明するのも気怠くごまかすことが殆どである。
「君……」
ダボンはリルの目をじっと見据えた。リルは首を傾げていると「いや、今はそんな時じゃないか」と呟くような声で独りごちた。ダボンは軽々とリヒャルトを抱えて教会へと走りだした。リルは荷物を持ってその後ろを追いかけた。
教会の中へと入るとプレストンが出迎えた。
「こちらへ」
プレストンは手で奥の部屋を指し示し、ダボンは「失礼」とプレストンの横を通り過ぎる。
「あなた……」
リルもついていこうとするとプレストンから声を掛けられて足をとめた。
「あの方の、ご家族でしょうか」
「はい」
「そう、ですか。いや失礼。あまり似ておられなかったので」
「血は繋がっていないので。私は孤児なんです」
「それは失礼を申しました。どうぞ奥へ」
リルは会釈をして奥へと進んだ。部屋に入る前に視線だけ後ろに向けるように振り返ると、プレストンはじっとリルを見据えていた。リルは鋭い視線に逃れるように中へ入った。




