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クライス  作者: 桝克人
第二章

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第46話 雨宿り

 雨脚が強くなり、三人は一先ず雨宿りの為に、壊れた荷台はそのままにして近くにあった大樹の下で休むことにした。


「おい、足を出して」


 リヒャルトがキンスリーに向かって言うと頭を振った。


「大した怪我はしていません」

「足、引きずっていただろう。いいから大人しくしなさい。リル、カバンから薬出して」


 リルは肩から下げたカバンを探った。リヒャルトはキンスリーを大樹の根元に座らせて、麻布のズボンの裾をめくりあげる。ふくらはぎの近くに傷が出来ており血が滲んでいる。リヒャルトは自身の背負いカバンから瓶を取り出して傷口にかける。染みたことでキンスリーは片目を細めた。リルは細工がされた手のひらサイズの入れ物を差出した。それを受け取ったリヒャルトは蓋を開けると、ツンとした刺激臭が漂った。人差し指で掬い傷口に直接塗った。当て布をして細長く切られた布を巻き付けた。


「二日もすれば綺麗に治るだろう」

「ありがとうございます」

「あとは雨が弱くなるのを待つしかないな。その時に起こしてくれ」


 リヒャルトはキンスリーが座った反対側へと回って幹に持たれて座り目を瞑った。リルは一つ息を零して、返してもらった軟膏をカバンにしまった。


「お時間とらせてすみません。どこか向かっていたんじゃないんですか?」


 キンスリーは眉を下げてリルに尋ねた。


「いえ……急ぎの用はないから、気にしないでください」


 リルはキンスリーとリヒャルトが座った間ぐらいの位置に座った。しばらく雨の音だけが響いていた。


「ずいぶん荷物が少ないんですね。行商人ではなさそうだし、旅人ですか」


 キンスリーの質問にリルは何も答えなかった。


「すみません、出過ぎた真似でしたか」


 それでもリルは何も言わなかった。キンスリーは口を結んで空を仰ぐ。無数の雨粒が地面に叩きつけられる音に耳を傾けた。

 リルはリヒャルトのように眠るふりでもしようかと目を瞑ってみるが、心のざわめきが神経を高ぶらせてうまくできなかった。何度も目を開けてしまう。とっさのこととはいえ、久しぶりに使った自身の力に、身震いを覚えていた。


(うまくいってよかったけど)


 大陸にきてからリルはリヒャルトから力の制御方法を数年かけて学んだ。それは力の使い方ではなく、力を使わない方向での制御だった。クライスの家に引き取られたころから感情を大きく揺らさないことが重要だと叩き込まれてきたことが、今では役に立っていると実感する。


 クライスを去ったあの日からリルにとって感情は無駄なものだと学んでいた。求めない。期待しない。そうすれば奪われたり失くしても痛みは少なくなる。その積み重ねが結果的にリルの感情を常に波風が立たないようにさせていた。功を奏したのかはわからないが、結果的にリルは力の制御をできるようになっていた。


 リヒャルトが提示する制御のひとつが一か所に留まらないことだった。誰かと関わればそれだけ感情の起伏が激しくなるとリヒャルトは考えて同じ人と長く関わらせないようにした。放浪の中で、行商人や旅芸人の世話になったりすることはあっても決して長く留まることはしなかった。


 ふと大きく腹が鳴った。雨音に混じって消えるよりも大きな音がした。リルは慌てて腹を抑える。次の町に着いてから食事にする予定だった。リルは恥ずかしくなりぎゅっと体を縮こめて、また鳴りそうな音をどうにか抑えようとした。


 キンスリーは立ち上がって、足を引きずりながら馬の方へと歩いていく。サドルバッグを開けて中から何かを取り出した。そしてまた自身が座っていた場所に戻り腰を掛けた。


「よかったらどうぞ」


 顔をのぞかせて手を差し出した。大きな手には小ぶりのリンゴがあった。リルは戸惑いながらリンゴとキンスリーの顔を交互に映す。


「俺も食べようと思っていたから」


 キンスリーはもう片手にあったリンゴを見せた。リルは恐る恐る差し出されたリンゴを受け取り「ありがとう」と呟いた。キンスリーは満足気に微笑んでから自分のリンゴに齧りついた。しゃくしゃくと小気味いい咀嚼音がより食欲を刺激した。貰ったリンゴに目を落としてからゆっくりと口に寄せて皮に歯を立て齧った。爽やかな甘味と酸味が口の中に香りだった。二人の咀嚼音が雨音に混じり合う。雨の勢いは次第に弱まり咀嚼音がより形をもって口内から耳へと響く。


「さて」


 リルは土に芯を埋めていると隣から声がする。リヒャルトは背伸びをしてから立ち上がって、小ぶりの雨の中、背負いカバンを持って荷台の方へと行った。キンスリーとリルも立ち上がってリヒャルトの後を追う。リヒャルトは腰を落としながら落ちた車輪の周辺の地面をきょろきょろと何かを探している。そして楔を拾い上げた。楔は折れ曲がっていた。


「できるだけ大きな岩と丈夫な枝を探してきてくれ」


 リヒャルトは車輪の傍に座り、背負いカバンからナイフといくつかの木片をを取り出して楔のサイズを測り削り出しを始めた。リルとキンスリーは手分けして言われたものを探しに行った。足を引きずっているキンスリーの手を煩わせるわけにはいかないとリルは早足であちこちを探し始めた。

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