第45話 キンスリーとの出会い
眩しい西日が深く落ちる時刻になっても祭りの終わりはまだまだ先のようだ。幼子は母親の手にひかれて家へと戻る。リヒャルトが一日家で待っているし、リルも同じように帰ろうと立ち上がる。アマリアはリルの袖を引っ張ってまだ飲もうと引き留めたが、リヒャルトが待っているからと謝った。ダボンに礼を述べて帰ることを伝えると、キンスリーがすぐさま反応した。
「送るよ」
キンスリーはリヒャルトの食事をとりに教会へと走る。スープボールとはちみつ酒が入った酒を持ってきた。リルはもう一度ダボンたちに挨拶をしてから家路についた。
風が通る森の道を二人は並んでゆったりと歩いた。火照った体を優しく鎮めてくれる夜風が心地よい。手に持ったランタンが歩くたびにきいきいと音を立てて小さく揺れていた。
「アマリアだいぶ酔ってたみたいだけど、大丈夫かな」
「平気さ。村一番の酒飲みって言われてるし。一度若い衆と年長者で飲み比べやったら、一人ですべての大人を崩したんだ。どれだけ飲んでもいつも一晩たてばけろりとしているよ」
「それはすごいね」
「負けたことが悔しくてそのうちの一人が『そんなんじゃ結婚できないぞ』なんて負け惜しみを言ったら、『そんな男こちらから願い下げだ!』なんて啖呵切っていたのは気持ちよかったな」
結婚と聞いてリルの鼓動が跳ねた。昼間にアマリアとの会話が蘇る。村に残るならいずれは誰かに恋をしたり、結婚したり、そんな日が来るのかもしれない。
——すごくお似合いだと思うよ。
そう言ったアマリアの顔は決して酔っぱらい人の戯言のようには思えなかった。いつになく真剣で慈愛に満ちていた。おかげでそれまで意識していなかったのに、今は少しのことでもそわそわとしてしまう。息が聞こえそうなくらい静かな夜道、触れそうなほど近い距離。それら全てがリルの鼓動を早める理由に変わっていた。
同時に思い返されるのはキンスリーの出自だった。リルと同じよそから来た人だということを知り、親近感をもつ一方、同じような境遇だからこそ親切にしてくれているんじゃないかと疑心が生まれていた。
「キンスリーも、外の人だったんだね」
ぽつりと口から出てしまった言葉にリルは慌てて口をふさごうとしたがもう遅い。あまりにもデリカシーがなかったと恥ずかしくなった。
「ん?ああ、そうだよ。あれ?言ってなかったけ?」
いつものキンスリーの声色にリルは少しほっとした。
「俺がこの村に来たのは……五、六年前くらいかな」
キンスリーは指を折り数えて言った。
「父さんが木材を売りに来たときに、店で下働きさせられてた俺をみつけてくれて引き取ってくれたんだ」
比較的大きな街に暮らしていたキンスリーは幼いころに両親を亡くして、路上生活を余儀なくされていた。子供たちと肩を寄せ合って暮らしていると、時々子供を拾う大人がやってくることもあった。キンスリーが七歳くらいになると自分もとある商人に拾われ小間使いとして店で働いていたと話す。
「そこがねえ……結構ひどい環境で、碌に飯は食えないし、暴力は振るわれるしで、散々だったんだ。もう逃げ出そうと思っていたときにさ、父さん……ダボンさんが俺を見つけてくれたんだ。主人だった商人に話をつけてくれたって言って俺をこの村に連れて帰って、養子に迎え入れて貰ったんだよ」
「そう、だったんだ」
リルは思い返していた。あの日は半年前の大雨が降った日だった。リルとリヒャルトは転々と各地を放浪していた。次の放浪先に向かってフードを被ってあぜ道を歩いていた。後ろからガラガラと音が鳴り、馬車が通ると思って脇へと寄った。空の荷台を走らせている荷馬車だった。一台、二台と順番に見送っていると、一番後ろを走っていた馬車の様子がおかしいと気づいたのはリヒャルトだった。
——おい、止まれ!
大声でそう呼びかけたが、雨脚が強かったせいもあり馬に乗っていた人は気付かなかった。
——だめだ。車輪が落ちるぞ。
リヒャルトは険しい顔をしたが、人通りのない道では止める者が他に居ない。無駄だと思いつつも走れば追いつくかもしれないと二人は追いかけた。しかし追いつくまでもなく、馬の後ろに繋いだ荷台がガタガタと音を立て、ついに片方の車輪が落ちた。バランスを崩した荷台が傾いたのと同じように御者はバランスを崩し、衝撃で体が弾き出された。やけにその様子がゆっくりと流れて見えた。リルは走りながら手を前に突き出した。
助けなくちゃとか、そんな理性的なことをではなく、落ちる。ダメ。大けが。そんな単語が頭の中を流れる。眼前に、雨水が吸い寄せられて大きな丸い水球が現れて御者の体を受け止めた。ゆっくりと水が地面に降りてパンと弾けたのと同じくして御者はしりもちをつくように地面に落ちた。
御者は何が起こったのかわからない様子で呆然としていた。リヒャルトが駆け寄って御者の体の具合を聞くと、どうやら怪我一つしておらず、二人は胸をなでおろす。幸いにも驚いて逃げなかった馬も怪我はしていなかった。
——ありがとうございます。
御者はあどけなさを残した年若い男だった。甘いマスクに似合う柔らかなミルキーブロンドの髪と、どこまでも清しい空を思わす青い瞳をリルに向けた男こそキンスリーだった。




