第43話 酒豪アマリア
広場に着くまでに賑やかな声が聞こえてくる。村中の人々が一同に大樹の周辺に集まって、各々がお喋りに興じていた。
「おお、来たな」
ダボンがいち早くキンスリーとリルに気づき手をあげて歓迎する。テーブルにはダボンとジョアンナと木こり仲間が席についている。顔が赤い者も多くもう出来上がっているようだ。リルたちは誘われるままに席に着くと、ジョアンナがカップを渡した。ダボンはピッチャーを傾けてカップにはちみつ酒を注ぐと芳醇で爽やかな香りが鼻腔を擽る。
「じゃあ、改めて風の精霊の加護に乾杯!」
カップを宙に掲げるとそ零れそうな勢いで明るい声と共にカップがテーブルの真ん中でぶつかった。皆一様に酒を仰ぎ喉を通していく。リルは舌先で嘗めた。甘い香りと少しの酸味が口に広がる。たった一口の酒が体内の熱をぐっと上がったような感覚を覚える。
「やあやあ、飲んでる?」
カップを片手に頼りなげな足取りでやってきた金髪の巻き毛の女性はキンスリーの背中にもたれかかった。
「アマリア、重い」
「失礼ねえ」
そう言ってアマリアはぐいっと残っている酒飲みほした。
「リルも飲みなさいよお?」
アマリアはテーブルに置いてあったピッチャーに手を伸ばし、まだほとんど飲んでいないリルのカップに追加で注いでから自身のカップに注いだ。
「あら、空になっちゃった」
「アマリア!こっちの酒飲むんじゃねえよ」
テーブルの男が声を荒げるが、アマリアは飄々とした態度で「はいはい」と適当にあしらいながら煽る様にして酒を飲む。
「取ってきますよ」
リルは空になったピッチャーを手にとり、席を立って教会へと向かった。アマリアは「よろしくねえ」と手をひらひらと振って、空いたリルの席に座った。背中でアマリアの笑い声を受けながらふうっとため息をついた。
教会の扉は大きく開かれていた。外の喧騒と比べて中はひっそりと静まり返っている。普段は並べられた長椅子がすべて広場に出されていたためがらんとしており、いつもより広く見えた。
入り口付近に樽がいくつか置かれている。長い柄杓を使ってピッチャーに注いでいく。柄杓で掬う度にアルコールの香りが立ち上り、それだけで酔ってしまいそうだった。
酒を注いでいると、背中から大きな影に覆われてリルは振り返った。そこには祭りの楽し気な雰囲気に染まらないと言った風に気難しい顔を作っていたラムジーがいた。
「ああ、君か」
「こんにちは……」
リルは会釈をするとラムジーはふんと鼻を鳴らして奥へと進む。分厚い封筒を持っていた。ラムジーの態度はこの村に来てから一貫して冷たい。外から来ているし、慣れてきたとはいえまだ半年だ。仕方ないとリルは肩をすくめた。
「君は大丈夫か」
「え?」
ラムジーは手に持っていた封筒をナイフで破り中を改めている途中で突如話しかけてきたのでリルは驚いて声が上ずった。
「同居人、名前は……リヒャルトだったか。体調を崩しているのだろう。君は平気なのか」
「あ、はい。私は全然……その、元気です。リヒャルトもいただいたお薬のおかげで熱が下がりました。今日はまだ本調子じゃないみたいですので念のために家で休んでいます」
「そうか」
ラムジーは手紙に目を落としたまま、それ以上何も言わなかった。リルはお辞儀をして聞こえるかわからないような声で「失礼します」と呟いて教会を後にした。
テーブルに戻るとキンスリーとアマリアはいなくなっていた。テーブルにピッチャーを置いてから席についた。大人たちはすっかり酒と食事に飲まれているようで、リルが戻ってきたことにも気づいていないようだった。リルはふっと小さく息をついて残された自身のカップをみると注がれていた酒は一滴残らずなくなっている。
(あ、良かった)
飲みなれていない酒を注がれたときはどうしようかと思っていたので助かった。
ところが手持無沙汰になってしまったことで、がやがやと賑やかなざわめきに囲まれていると、ぽつんと一人取り残されたような侘しさが心を蝕んだ。このまま家に帰っても誰も気づかないかもしれない。なんだか居たたまれない気持ちになって席を立ち振り返った。
「戻ってきたのね」
そこには両手にコップを持ったアマリアが立っていた。
「お酒持ってきてくれてありがとう。ささ、座って座って」
コップを置いてからアマリアはリルの両肩を持って、もう一度無理やり座らせた。そしてアマリアはリルの耳元に顔を近づけた。
「お酒、飲めないんでしょう?」
リルは目を見開いた。この村の人は誰もが酒が好きで、今日もよく進んでいる。子供たちも十五歳になれば大人の仲間入りとまではいかなくても、酒を飲むことは許されていた。
「私たちは十二歳くらいからこっそり飲んで慣れているけどね。こっちはカシスのジュース。ね、飲んでみて」
リルはそっと口をつけると突き抜ける酸味の中にとろりとした甘さが口内に広がった。
「おいしい」
「でしょう!はちみつにつけたカシスのシロップを水で割ったものなの。女の子に人気なのよ。これを飲んだらお肌綺麗になるの」
アマリアは肩をあげてウインクをしてみせた。そして自身のカップを持ってリルのカップにこつんと当てて口をつけた。
「お待たせえ」
キンスリーも、食欲を誘う匂いと共に、両手に皿を持って帰ってきた。
「待ってましたあ」
アマリアは歓喜の声をあげた。一筋の風が吹く。リルの心に巣くいつつあった侘しさは、明るい声と共にどこかへと流れていった。




