第42話 祭りの誘い
次の日の夜にはリヒャルトの熱は下がり、起き上がれるまでになった。量は少なかったが食事もできるようになっていたので、リルは胸をなでおろした。
そして次の日の朝、軽めに済ました朝食を終えて、片づけをしていると扉を叩く音がする。振り返ると開けられた鎧戸からにこやかに手を振っているキンスリーの姿があった。
「おはよう」
扉を開けると、ズボンの左ポケットに親指をかけて、右手でもう一度手をあげてキンスリーが挨拶をした。
「おはよう……どうしたの?」
「お祭り。誘いに来たんだ」
「あ、今日だっけ」
実のところは覚えてはいるが、すっかり忘れたふりをして惚けた。全く楽しみになんてしてないと振る舞って見せた。
「どう?一緒に行かない?」
キンスリーはしらを切ったリルの思惑なんて知らないように笑顔で尋ねる。リルは両唇を口の内側に押し込むようにして噛んでから「ああ……」と声を零し、居間でお茶を飲んでいるリヒャルトに視線を送る。キンスリーはリルの視線をなぞるようにして、彼女の背後にいるリヒャルトに挨拶を投げる。
「リヒャルトさん、お加減どうですか?」
「うん……まあまあかな……」
リヒャルトは覇気のない声で返事をする。キンスリーを一瞥してすぐに自身が持っているカップに目を落とす。
「それはよかった。リヒャルトさんも一緒に行きません?」
「俺は、いい。本調子じゃないし」
「そうですか。リルはどう?行かない?」
リルはどのようにして応えるか悩んでいるとリヒャルトが「行きたいなら行きなさい」と後押しをした。普段ならあまりかかわるなとか、必要以上になれ合うなとかしつこいくらいに言い含めるリヒャルトがあっさりと許可を出すものだからリルは拍子抜けする。リルは「じゃあ……行ってくるね」と言ってそのまま外に出た。
道すがらキンスリーはご機嫌な様子でいた。リルは横よりも半歩程下がってついていくようにして歩いた。
「リヒャルトさんの調子戻ってよかったね」
「うん……おかげさまで」
「父さんも母さんも、薬が効いているのか心配していたよ」
リヒャルトが熱を出すのは珍しくなく、リルは月に一回以上はプレストンから薬を買っていた。その度にきちんと効いて調子を戻しているが、また数日から数週間すると同じように熱をだしてしまう。
「一度大きな街で医者に見せた方がいいんじゃないか?よかったら父さんや神父様に掛け合ってみるよ。木材を売りに行くときにでも連れていけると思うんだ」
「ありがとう。でも必要ないわ。以前にもお医者様に診て貰ったけれど、生まれつきの虚弱体質だって言われたから」
嘘をついた。誰かしらがリヒャルトのことを尋ねたら、そう言うようにリヒャルトから言われていた。
「そうかい?じゃあ滋養にいいものを持って帰って食べて貰うといいよ。今日の祭りで猪肉が出るそうだよ。村の人が罠にかかったって盛り上がっていたよ」
「ししにく?」
「食べたことない?このあたりでは時々みかける動物なんだ。脂身がうまいんだ」
リルは目を丸くしながら「へえ……」と呟く。この村に来てから鶏肉を時々食べるくらいで他の肉類は滅多に食べられなかったので、心が浮きだった。どんな味がするのだろうと想像するだけで喉が鳴った。
「みんな、精霊の加護だって喜んでいたよ。猪肉がかかるなんて珍しいからね」
この村は森に囲まれており、動植物には恵まれている豊かな土地だ。規模は小さいが鶏や牛を増やし育てている。そのおかげかどうかはわからないが、この村に住む人は多くを望まず、必要な分だけを獲るという考えが根付いていると迎えられた頃に聞いた。罠はかけるが人間が自ら動物を追いかけることはしない。そのためしょっちゅう野生動物を食べることは出来ない。罠にかかった動物は精霊の贈り物だと考えられていた。それを村の人から聞いたときリルは人間に都合のいい考えだと冷めた気持ちでいた。
「うまいんだしもっと獲ればいいのにね」
キンスリーはあっけらかんと言った。この村では考えられない発言だった。リルやキンスリーをはじめ、同じ年頃の食べ盛りの子供同士で集まってはそんな愚痴を言い合うことはある。それでもリルには本気でそう思っているような子供は一人もいないように見えた。キンスリーも決して例にもれなかった。村長であるダボンの息子だ。愚痴は言っても村の掟や規律に本気で苦言を口にすることはない。
「ま、時々食えるからこそご馳走なのかもしれないよね」
そう言ってキンスリーはリルの手を握る。リルは心臓が跳ねるような音が聞こえた気がした。
「早く行こう。俺腹ペコなんだ」
細長い指にぎゅっと力を入れられた。引っ張られながら森の道の軽やかな足で駆けた。爽やかな風が髪を梳く。熱を帯びた頬を撫でる風が心地よかった。




