第40話 薬代
キンスリーが戻ってくる頃には、麻の紐で縛ったいくらかの薪の束が出来上がった。
「お疲れさま」
しゃがんで薪の束を作っていたリルは袖で汗を拭ってからキンスリーに目を向けた。そこには木のボールを持っているキンスリーが立っている。リルの分の食事を持ってきてくれていた。
「いいのに」
「倒れられたら困るって言った母さんからの命令だから、必ず食べるように」
厳しい顔をしていたジョアンナの顔が思い浮かぶ。リルは立ち上がって差し出された食事を受け取った。
手ごろな切り株にボールを置き、祈りを捧げてからその切り株に座って食事を始めた。いくらかの野菜とちぎって入れたような鶏肉のかけらが入っている。味付けは塩のみのシンプルなものだ。空腹だったリルの体に染みわたった。スープに浸して柔らかくなったパンを噛むと、じゅわっと鶏肉のうまみが口に広がった。実のところ、出かける前に食べた一かけらのパンでは当然腹は膨れていなかったのでこの一食が有り難い。
キンスリーはまた玉切りをして丸太を作り始めていた。
「そうだ、あさっての祭りには君も来るだろう?」
キンスリーに言われるまですっかり忘れていた。数か月前にもあった祭りがまたやってくる。言われてみればここ最近いつも静かな村がどこかそわそわとしていた。最初に参加した祭りでは、村の中心にある大きな樹木に飾りつけをし、樹木の下に村人が集まってはちみつ酒を交わし、ささやかなごちそうで精霊をもてなす行事だと教わった。楽器をかき鳴らし、歌ったり踊ったり賑やかにすると風の精霊を喜ばすのだと聞いた。
此処、シュレイム村では精霊信仰が未だに根付いている珍しい土地だった。五年前、リルはリヒャルトと大陸にやってきてから各地を放浪していたが、これほど精霊信仰に篤い村は珍しい。精霊は何百年もしくは何千年といった遠い昔には存在していたといわれている。ところが今では幻だ。存在自体を否定するものも少なくはない。長い戦火の末に死に絶えたとか消え去ったとか、理由は定かではない。長い年月の中で創りあげられた神や、幻想の中にある妖精のような存在に変わっていったのだろうと、いつか世話になった旅芸人が語っていたことを思い出す。
「そうね。リヒャルトの体調が良くなれば行こうかしら」
「リヒャルトさん、また体調を崩しているのかい?」
「ええ、まあ……」
村の人からリヒャルトはしょっちゅう熱を出す体の弱い人だと認識されていた。それによって同居しているリルが生活を支えていることで憐れに思われている。リル自身は働きに出ることは苦にならなかったし、大抵の人は優しく接してくれるが、偏見の目は居心地が悪い。
「大変だね。薬は足りている?」
「帰りに教会で買うつもりよ」
「俺にできることはある?」
キンスリーもその一人だった。リル一人が働きに出ることを気の毒に思って気にかけてくれる。リルが木こりの仕事を貰えるのもキンスリーが彼の両親に頼み込んだおかげであった。おかげで食いっぱぐれることもなく、それなりに暮らせていける。
彼の優しさはあまりにも純粋だった。まっすぐ向ける眼差しには光が宿っている。木漏れ日のせいだろうか。リルはおさまりの悪さを振り払おうと、視線から逃れるようにすくっと立ち上がって服についた木くずを掃った。
「……いいえ。今は大丈夫。何かあればお願いするわ」
リルは空になったボールを返すことを理由に、早足でジョアンナのいる開けた方へと駆け出した。
すでにほとんどの従業員が食事を終えており、ジョアンナは水が張られた桶の中で、食器を洗っている。その傍でこの一帯を仕切っているキンスリーの父親ダボンが遅い昼食をとっていた。
「食事を用意していただき、ありがとうございました。ご馳走様でした」
ジョアンナは手を大きく伸ばして早くボールを渡すようにと目で催促する。リルは大人しくそれを渡すと、ジョアンナの視線はまた桶へと戻った。
「おお、ご苦労さん」
ダボンは軽く右手をあげてリルに労いの言葉をかけた。一見細身だが、斧を振るうのも鋸の扱いも誰よりもうまい、らしい。リルにはそういった見分けがつかない。それでもダボンの元で長らく働く人たちが言うのだから、そうなのだろうと理解した。他にも木を倒す位置のコントロールもうまいとか、道具の扱いが丁寧だとか、この村で彼以上の逸材はないと称されている。
「今日は遅刻してしまって、申し訳ありませんでした」
改めて頭をさげるとダボンは軽快に笑い声をあげて「いい、いい」と顔の前で手を振った。
「それよりも大丈夫か?最近リヒャルトくんを見ないけれど」
心中ではまたかと呟きながらリルは作りすぎないように口元に弧を描く。
「ご心配おかけしてすみません。また熱が出てしまいまして」
「そりゃ大変だ。薬はあるのかい」
「帰りに教会へ行くつもりです」
キンスリーと話した同じ内容を繰り返す。バーチ家は人が好い性なのだろう。
「それなら今日は早くあがって帰ってやりなさい」
「ですが……遅れてきた身ですし」
リヒャルトの看病をしていたのならばまだ体裁が守られるが、実際はただの寝坊だ。
「構わんさ。出してやりなさい」
ダボンはジョアンナにそう言うと、彼女は頷いてから腰にかけていた小さな袋から数枚のコインを取り出してリルに手渡した。いつもより二枚多いコインが掌に乗っている。
「あの……これは」
「薬代だ。足しにくらいしかならんけどね」
「流石にいただけません」
リルは突き返そうとジョアンナに差し出したが、ダボンがリルの手をそっと上から添えるようにして止めた。
「受け取りなさい。君たちは俺たちからすれば命の恩人なのだから」
それを言われるとリルは拒否をする選択肢を奪われたように感じてゆっくりと手を胸元に引っ込めた。そしてもう一度頭を下げて礼を述べた。




