第34話 失敗作
「ああ!ヴィンセント様だ!」
整然と並んだ小麦畑を眺めていると、五人の子供が前方から手を振りながら駆け寄ってきた。ヴィンセントはゆっくりと車を停めると、リルと同じ年頃の子供たちが無遠慮に車体によじのぼったり、ヴィンセントの傍に来て口々に話しかけている。
「こらこらこら!ヴィンセント様に失礼でしょう?」
あとからやってきた母親らしき人が慌てて子供を車から引きずり下ろし、ぺこぺこと何度も頭を下げている。
「とんでもない。皆元気で何よりだよ」
ヴィンセントは、イアンが知っているかつての笑顔で言った。
「ねえねえ、また車乗せてよ」
「隣の人誰え?」
「ヴィンセント様、今度はいつ来てくれるの」
ヴィンセントがかけた言葉なんてお構いなしに口々に思いついたことをそのまま言葉を投げかけている。それらにヴィンセントは特に応えることなく、ただ子供たちの言葉を笑顔で受け止めているだけだった。
「もう、静かになさい!ヴィンセント様、いつもすみませんねえ……お仕事中だろうに。ほら、皆車から離れなさい」
母親が子供たちの服を引っ張って無理やり引きはがす。そしてまたぺこぺことお辞儀をした。ヴィンセントは子供たちに手を振ってから車を動かした。イアンは後ろを振り返ると、母親は律儀に深々とお辞儀をしてこどもたちは「ばいばい」と大きく手を振っていた。また前を向く時にヴィンセントの顔を見ると真顔に戻っている。
「子供に好かれているんだな」
子供に《《も》》かと心の中で皮肉を吐き捨てる。ヴィンセントは初対面でも関係なく会う人誰からも好かれていた。イアンもその一人だった。人当たりは良く、誰にでも心を開いているような男だと錯覚していたと今になって自覚する。イアンとはただ時々酒を酌み交わしていただけで、胸の内ひとつも話してなかった。事実今この瞬間すら、彼が何を考えているのか、全く予想がつかない。
「リルのことはどうなんだ。あの子たちと同じくらいの年頃だぞ。生きていたなら自分出迎えに行ってやればよかったんじゃないか」
胸の中で燻っていた怒りが沸き上り、冷静に話そうとしても勝手に語気が強くなっていく。
「おまえさんの手帖に書いてあった廃工場で何が行われていたのか知っているのか?あの子どんな状態になっているのか知っているのか?」
イアンがどんなに怒りを露わにしても、ヴィンセントは、顔色は変わらずにまっすぐ道の先を見据えているだけだ。
「ヴィンセント!」
ついに声を荒げて怒鳴りつける。しかしそれでもヴィンセントは動揺していなかった。前を向きながら視線だけイアンの方に向けてからまた前を見る。
「質問はそんなことなのか?」
「何?」
「そんなことが知りたいのかと訊いている」
「そんなことだと?」
イアンは殴りたい衝動を必死に抑えて拳を強く握りしめていた。ヴィンセントはそんなイアンの心中など知らずか、もしくはおかまいなしと言った様子で運転を続ける。
「質問の答え、廃工場で行われていたことを知っているか。無論知っている。設備も人員も、私が全て揃えたからな」
以前は『僕』と言っていたヴィンセントの一人称が『私』に変わっていることに気づいたが、イアンにとってそれは取るに足らないことだった。
「人工精霊を作るための施設ってことか」
「君が知っているとは。説明する手間が省けたのはありがたいが、まさかあの人が話したのか。あの人には色々驚かせる」
「あの人?」
「君が一緒に暮らしていた人だ。まさか生きていたなんて思ってもいなかったから考えもしなかったよ」
「リヒャルトを知っているのか」
「知っているも何も、彼はクライスを発見した研究者の一族の一人だ。少なくとも上層部で知らない人間はいない」
二百年程前、とある研究者が発掘した施設、そしてこの巨大な遺物にクライスと名付けた人物。昔アルトゥールから教わったことを思い出す。リヒャルトがそんな偉大な人物の子孫なんて驚きはするが、彼の知識を鑑みれば何ら不思議な事もなくしっくりくる。
「何故生きていることに疑問があるんだ」
ヴィンセントは何かしらを考えているのか少し沈黙してから口を開いた。
「彼は失敗作だったから」
「失敗、作」
「リヒャルト・J・クレーデンは人工精霊の失敗作だった」
「あいつも、人工精霊だと?失敗作っていうのはどういうことだ」
「そのままの意味だ。子供だったあの人は火の精霊の人工精霊を作る実験の被験者に選ばれた。もう二十年以上前のことだ。他の被験者たちと同様に結晶石……はわかるか?」
「ああ」
「うん……精霊の結晶石を体内に取り込んで馴染ませることで、人工精霊が出来上がるんだが、他の被験者よりも馴染むスピードが遅かったことで成功したと思われていた。しかし彼は力を暴走させた。培養室の中は一気に炎の渦が舞い上がり、被験者の体を焼き尽くそうとしていた。プロジェクトのチーフが自分の身を顧みず培養室から被験者の元へと駆け寄って、暴走は収まったと記されている」
「炎の中へ入っていったのか」
あまりにも無謀な身の毛のよだつ行為にイアンは背筋が凍った。
「そうだ。必死に手を伸ばして彼を助け出した」
ヴィンセントはそう言ったところで声を詰まらせた。小さく呼吸をしてからまた話し出した。
「救い出された被験者は体は焼きつくされて、辛うじて人の体を保っている状態だった。これは失敗だと研究者たちは嘆息していたが、チーフだけは違った……とある液体に被験者の体を沈めると、体はみるみるうちに姿を取り戻した。奇跡のような光景に誰もが息をのみ、それを見守っていた。実験は成功だと思われたが、結論から言えば失敗だった」
実験が失敗だとわかったのは、まずは見た目だった。実験が成功すればリヒャルトの髪は赤が混じった銀髪に変色するはずが、本来の黒髪が混じりすぎていたこと、そして目の色が変わらなかったことだった。次に力を使いこなせなかったことだった。何度かリヒャルトが力を行使すると必ず自身の体を燃やし続けてしまい力が安定しなかった。そしてもう一つは、リヒャルトの順調な成長だった。体内に取り込んだ精霊の結晶石が体に馴染むまである程度時間がかかるという。体に馴染んだ頃——プロジェクトチームの見解では十五か十六の頃には成長は止まるはずだったが、数年してもリヒャルトは成長し続けた。
「力は徐々に抑えることが出来たけれど、使うたびに暴走させることが一番の要因だとして、失敗作だと結論付けられてからのあの人は生きる気力を失ったように見えた。彼はひっそりと研究室から出て上層部からも姿を消した。それでも誰も彼を顧みることはなかった。まるでそこには初めからあの人の存在はなかったかのようだった」
「それが、死ということか」
「研究室では、まともに力が使えない彼がどこへ行こうとも構わないとの結論付けたんだ」
――存在することが幸せにはならない。
リヒャルトが叫び声が記憶に蘇る。リルに向けられた言葉は同時に自分にも向けられていたんだと、イアンは瞼を震わせて慨嘆した。




