幕間③ ※暴力・残虐表現あります
※暴力・残虐表現あります
男はそれまでの服を脱ぎ捨てて、支給された真新しい服に袖を通す。上層部の御用達であるらしい美容室で髪を整えられて男は生まれ変わった。生まれ変わったのは見てくれだけで、暴力性は健在だ。ヴィンセントはそれを歓迎した。
「でも僕の目が届かないところではやめてくれよ」
必要に応じてその力を使えと言われる。納得はいかなかったが、しばらくは上層部の暮らしを満喫することで衝動は抑えられた。洗練された綺麗な部屋が与えられ、支給された金で良いものを食べた。仕事といえば、他の部下と共にヴィンセントに付き従うことだった。大抵は雑用ばかり押し付けられて地味な作業に苛立った。それらもまたうまい飯や酒が飲めると思えれば我慢が出来た。一番嫌な仕事はゲフィングニスに降りて、潜伏しているスパイからメッセージを受け取りにいくことだった。せっかく上層部に住めるようになったのにゲフィングニスに戻るときは、嫌でも父親の記憶に苛まれるので楽しくない。時々下層部にいる奴らを甚振ることでストレスを解消していた。
返り血を浴びて帰って来た時には部下の一人に殴られて乱闘になったことがある。周囲にいる部下は男を抑え込み罵倒した。ヴィンセントに男をメンバーから外すように嘆願するものもいたが、それに応えなかった。
(俺はあいつから直々に部下になるように頼まれたんだぞ)
男はほくそ笑んで、周りにいる部下を一蹴した。
(おまえらより優秀なんだ)
男に向けられた敵意なんてものともしない。
(俺は認められているんだ!)
「やあ、君に新たな仕事だよ」
周りの部下とはうまく折り合いがつかず、敬遠されることが多くなっていた。そんなある日、ヴィンセントから呼び出されて新たな仕事を貰った。
「この男を追ってほしい」
日常の風景を切り取ったような隠し撮りの写真が差し出された。
「なんだこいつは」
「名前はイアン。ファミリーネームはない。彼をおびき出して伝えてほしいんだ。『娘を連れてこい』と」
「それだけか?」
「そう。簡単だろう」
「それに何の意味がある」
「この男に、娘を上層部に連れてくるように頼んでいるんだが勝手に家に置いている。平たく言えば誘拐だ」
「げ……まじで」
男はいろいろな悪事に手を染めてきた。盗みも暴力も、殺すこともあった。極悪人の自覚はあるが極悪人なりの矜持がある。それが子供に手を出さないことだった。
「この男、傭兵でね。君の腕っぷしを買いたいんだ。闇雲に倒そうとは思わなくていい。伝言だけしてくれればいいから」
「傭兵ねえ。ちょうど腕もなまっていたし、いいだろう。あの女使って探し出してやるよ」
「頼もしいね。いい報告を待っているよ」
男はすぐさまゲフィングニスに飛び出した。仕立て屋の女に写真を見せると、視線が後ろに泳ぐ。その視線を辿ると写真の男はすぐ傍にいた。
(こいつは簡単な仕事だ)
観察しているとどうやら女とイアンは親しい間柄だ。すぐさま暴れたかったが、目の前の女にも一泡吹かせたくてぐっと堪える。
他の部下の時と、自分への態度が全く違う女が男は嫌いだった。どの部下にも無表情か、はりつけたような不気味な笑顔を見せていたが、自分に向けられた目は嫌悪だった。それは男の母親が向けた目と同じだった。父親と同じ血を引くそっくりな男を母親は突き放したのだった。
イアンと呼ばれた男を嬲り、その後で女は裏切り者だと吹聴して女をつるし上げればいい。女はゲフィングニスに居られなくなれば、殺されるか、上層部に逃げ出してくるに違いない。長く歪んだ顔をゆっくり楽しめると想像するだけで男は笑い出しそうだった。
(それがなぜこんなことになってんだよ)
イアンには逆にねじ伏せられて、男にはヴィンセントの部下にひっくり返された日以来の大きな屈辱を感じていた。しかし女のことはリークできたし、ヴィンセントからの頼まれた伝言はやった。すぐにでもかえってうまい酒を飲んで鬱憤を晴らそうと階段を駆け上がっていく。
上層部に続く一つ目の扉のパネルに手を当てると扉は開いた。最後の階段だと上がる息を押さえながら上っていく。そして二枚目の扉のパネルに手を当てた。扉は開かず、パネルから拒否の信号が流れて赤色に光る。
「くそ、なんだよ」
もう一度試すが結果は変わらなかった。男は拳を握って扉を殴りつけた。
「おい!おい!なんで開かねえんだよ!」
握りすぎた拳からは血が流れだした。それでも男は扉を殴り続ける。傷だらけになった拳で殴るのをやめた頃に、ドアは静かに開いた。男は少し安堵の表情が滲んだ。
「やっとかよ。くそ!何してんだよ!」
四人の警備兵が行く手を塞いでいる。一人が後ろに合図をすると扉はまた閉まった。
「何してんだ。どけよ。開けろよ」
「仕事は終えられましたか」
「ああ!あのくそ傭兵に伝えたさ!だからどけよ!」
「ヴィンセント・ツィックラー様より伝言です。お疲れ様でしたと」
言葉を合図に四人の警備兵は男の胸にめがけて銃剣を突き刺した。男は罵ることも弁解もできないまま口からは大量の血を噴き出た。体に信号が届かなくなり男の意志の外で体が倒れた。呼吸もままならないまま、目玉だけがなんとか警備兵に向けられる。
「よい働きをしてくれましたとツィックラー様は褒めておられましたよ。そして父親から受け継いだ暴力からは逃れられなかったあなたを憐れんでおられた。不憫な子供のあなたを。せめて楽に逝かせてやるようにとのお達しだ。ありがたくその死を受け入れると良い」
男は光を失い、そして警備兵からの言葉を最後に音を失った。




