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クライス  作者: 桝克人
第一章
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幕間②

 ヴィンセントと名乗る男が先導して、男は彼の部下らしき二人の男に両腕を掴まれながら階段を上っていく。男はこの瞬間まで自分の狩場だった、金を持っていそうな中層部の家をねめつけながら着いていった。


 ある扉の前でヴィンセントは立ち止まりパネルに手を置いた。ここは男も何度かこじ開けようと試したが、一度も開かなかった扉だ。難なく水平に開いた扉を潜る。一本の薄暗い通路があり、また階段が続いて上っていく。ゲフィングニスにあったざわめきが全くなくなり、やけに静かだった。三人のかかとが鳴る音と、男のすり減った靴底の足音だけが耳に入る。


 突き当りにたどり着くとそこにはまたパネルと扉があった。ヴィンセントは手を掲げて扉を開ける。男は目がくらんだ。視界には真っ白なだだっ広い空間が映る。初めて見るその場所が、小汚いゲフィングニスとは全く異なり、清らかでまるで昔想像した天国のような光景に男は息をのんだ。


(これが上層部か)


 六人の警備兵が扉の両側に並んで銃剣を携えて立っている。狼狽えているのは男一人で、警備兵は小汚い男がいたところで微動だにしなかった。警備兵の一人がヴィンセントの身分証を確認して「お疲れ様です」と淡々と答えた。


「部屋は確保したか」


 ヴィンセントが後ろを振り向き尋ねると男の右腕を押さえていた方の部下が部屋番号を伝えた。ヴィンセントはまた歩き出した。男はきょろきょろしながら足を進めた。行きかう人々は皆、ヴィンセントたちのような清廉された服を身にまとっている。男は人から奪った服に目を落とした。手に入れたときは立派に見えた服も、ここでは色あせてつまらないものに変わった。

 何度か通路を曲がり何度か扉を潜る。もうどのように進んだか男にはわからなかった。


「入りなさい」


 ヴィンセントはいくつか並んでいる扉のうち一つを開けて男を通した。男は言われたままにその部屋に入る。まぶしいまでの白の空間から、落ち着いた色合いの部屋に男は安心感を覚えた。しかしそこにはテーブルがひとつと向かい合わせに椅子が置いてあるだけで重重しさがある。


「そちらの奥の椅子に座って」


 男は素直に応じて言われた通りの椅子に座る。両側にいた部下は扉の前に一人、男の傍に一人が立った。掴まれていた腕が漸く解放されて男は安堵の息を漏らす。ヴィンセントは向かいの椅子に座り顎の下で手を組んで男の目を直視した。


「こんなところに連れてきて、俺をどうするっていうんだ」

「さて、どうしましょうね。市街地での行為は看過できるものでもないし、あそこで暮らす善良な市民のためを思えば、あなたを処分してしまう方が良いかな」

「てめえ」飄々と答えるヴィンセントに男は舌打ちをする。

「本当にそうすべきなら、君を此処には連れてきていないよ」

「は?じゃあ、なんなんだよ」

「その前に君のことを確認したい。一年前、君は父親と二人暮らしだったね」


 すっかり頭から消えていた忌まわしい顔が思い返されて男は顔を歪ませた。


「君の父親は随分粗暴な男だったようじゃないか。酒を飲んでは大声で怒鳴ったり、暴力を振るったりと近所の人から敬遠されていたみたいだね。しかしある日ぷっつり男の行方が途絶えた。誰もが安心した。もうあの怒鳴り声を聞かなくて済むんだと。だから君の行為を誰も責めなかったんだね。しかし此処で安全が確保されたわけじゃなかった。あの男を処分した君がいた。君は父親と同じ、いやそれ以上に凶悪だった。誰彼構わず暴力を振るい、欲しいものがあれば奪っていった。君を止めようとした者もいたが君は父親以上に若くて力が強い。誰も叶わなかった。近所じゃ飽き足らず、あちこちに行っては同じようなことを繰り返していたね。ついに我慢ならなくなった中層部の人が人伝に上層部に掛け合って君を捕まえてくれと頼んできたんだ」


 何一つ間違ってはいないヴィンセントの言葉に男は頷いた。


「それでおまえが来たと」

「そうだね」

「ならやっぱり俺を殺すんじゃねえのか」

「さっきも言っただろう。処分するだけなら君を此処には連れてこない。僕はね、君の力を買いたいんだ」

「なに?」

「その強さは天性のものだ。誰だってできることじゃないだろう?是非僕のためにその力を使ってくれないか」


 ヴィンセントは右手を差し出した。


「冗談だろう」

「まさか。僕は冗談は得意じゃない」

「俺に何をさせようというんだ」

「此処での仕事は綺麗ごとだけじゃないからね。時には君のような暴力が必要になることもあるんだ。僕の手をとってくれれば、上層部での暮らしを保証しよう。君には僕の部下としての肩書と生活を与えられる。どうだい?」


 断る理由がどこにもなかった。何よりゲフィングニスから脱却できて、しかも目の前にいるような男のように綺麗な服を着て暮らせるなんて、願ったりかなったりだった。男はヴィンセントの手を取った。


「ようこそ、クライスの特殊任務諜報部へ」

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