第13話
階段をあがると、リルは床に座ってもらったウサギのぬいぐるみと遊んで、カトリンはファイルや道具を鞄にしまって帰る準備をしていた。
「大人しくしていたか?」
「いい子だったわよ。おかげできっちり計れたわ」
「そうか。偉かったな」
頭を撫でてやると、リルは少し目を細めた。顔が紅潮している。嬉しいのだろうかとイアンはもう一度撫でた。
「カーテンのサイズ大丈夫だった?」
「おかげさまで。ジャストサイズです」
「それならよかったわ。そろそろお暇するわね。これリヒャルトに渡しておいて。これはあなたに」
二通の封筒を受け取った。
「それじゃあ、出来上がったらまた連絡するから。またね、リルちゃん」
リルはぬいぐるみを抱えて、カトリンに手を振って見送った。
「カーテン見たい」
「ああ、いいよ」
リルはぬいぐるみを抱えたまま階段を一段一段ゆっくりと降りる。イアンは自分あての封筒を破いて中を確認した。領収書だ。
(高い……)
ワンピースや上下の衣類、あわせて五着。オーダーメイドなので当然ではあるが、自分の服にはかけたことのない数字が並んでいる。いつだったか、子供は金食い虫だと愚痴っていた誰かの声が思い出される。生涯縁のない話だと聞き流していたが、まさか実感する日が来るとは。イアンはリルに聞こえないように小さくため息をついて階段を降りた。
「お、降りてきたか」リヒャルトはリクライニング椅子から立ち上がった。「リル、あれでどうだ」
ガラス部屋の前で泣いていたリルは嘘のように、自分から部屋へと近づいた。眼前にはアイスグリーンのカーテンが掛かっている。カーテンには色とりどりの花が描かれており室内にまるで草原が広がったようだ。イアンは研究室のような重苦しさが緩和するのではないかと思って選んだ。リルはイアンとリヒャルトの顔を交互に見ている。
「可愛い」
ぽつりと呟いた声は確かに弾んでおり、喜んでいるのだとわかった。自分で選んだ柄を認めてもらえたことでイアンはほっと胸をなでおろす。
「気に入ったか」
リルは小さく何度も頷いた。カトリンが言っていた子供のために選ぶことが大事、この意味が少しわかった気がする。
「こっちへおいで」
リヒャルトはリルを室内へと招き入れた。柔らかな明るさに調整した電気が室内を照らしている。中央にあるベッドは変わらず無機質ではあったが、大きく印象は変わったようだ。リルはベッドによじ登って、うさぎのぬいぐるみを枕元に置いた。
「いいじゃないか。より草原っぽくなったな」
リルは嬉しそうにこくりと頷いた。その後リヒャルトからベッドのわきにあるリモコンの操作を教わった。その間にイアンは上から使っていないマットレスやブランケットを持って降りる。未だ、人が眠るにはどこか素っ気なさが多少はあったが悪くないとイアンは思う。何よりもリルの表情がそう物語っていた。
日が落ちる時間、イアンが作った夕食を、昼間と同じテーブルを囲んで食べた。食事中リルはうつらうつらと船を漕いでいた。イアンは食事を終えるとリルに寝るように言うと頷いた。
ガラス部屋に入るとリルは誘われるようにベッドに入った。イアンはブランケットをかけてやる。
「ゆっくり休みなさい」
「イアン」夢と現実のはざまで蕩けている目を向ける。
「どうした」
「眠るまで傍にいて」
リルはブランケットから手を伸ばした。イアンはベッドの端に持たれるように腰をかけた。
「いるよ。心配しないで眠りなさい」
手を握ると安心したのか瞼を落として時間はかからずして、握っていた手の力が抜けて、寝息が聞こえてくる。イアンは部屋の電気の明るさを絞ると部屋の全体が月の光に包まれた夜の海のようだった。
物音をたてないようにそーっと部屋を出る。入り口のパネルに手をかざす。カーテンを設置する際にイアンの情報をパネルに登録した。此処を開閉できるのはこの家に住む三人だけだとリヒャルトは言っていた。
——リルの力が暴走したときのためでもあるが、万が一何かあれば此処に入れ。このガラスはちょっとやそっとじゃ壊れないようになっている。
——何かって何だ。
——何でもだよ。固く考えるな。此処はゲフィングニスの下層地区だぞ?押し込み強盗だってたまに出るだろう。
数人の強盗くらいなら倒せる自信はあっても、リルが人質にでも取られたら戦いづらいのは確かだ。
リクライニング椅子に座ってモニターを凝視しているリヒャルトの傍へと近づいた。
「お疲れさん」
リヒャルトが差し出したマグカップを受け取った。湯気が立ち込めており、熱湯に長く茶葉をつけた渋い茶を啜る。
「子供の寝かしつけなんてする日が来るとはな」
長いとも短いとも言えない人生の中で、物騒なものしか手にしてこなかった。ナイフ、銃、ライフル、手りゅう弾……それらが生き残るための道具だった。たばこや酒で気分を紛らわして生き延びてきた。
「馬鹿言うな。まだ二十七だろ。おまえだっていつかはいい女と結婚するかもしれない。そうしたらリルに弟か妹が出来る日だってくるだろうよ」
「ピンとこないな」
一夜限りの相手が見つかれば十分だった。今でもその考えが変わったわけではない。
「リヒャルトだって人のことは言えないだろう」
お互い呑気な独身じゃねえかとイアンは放言すると、リヒャルトはくくくと喉で笑っていた。
「おっさんに対してありがたいねえ……もしそんな日が来たらおまえらを追い出すよ」
「それは困るな。もうしばらく独り身を謳歌してくれ」
リヒャルトの肘がイアンの脇腹を突き刺した。




