第12話
リルの小さな信頼得たカトリンは採寸してもいいかもう一度訪ねるとあっさり了承を得た。しかしイアンの傍を離れることを拒むので、階段から離れない位置なら良いと言う。
「何かあったら呼んでくれ」
地下へと降りる際に、リヒャルトに声をかけた。カトリンの店の従業員が持ってきた巻かれた大きなカーテンを地下へと下す。ガラス部屋の中には脚立と工具がすでに準備されていた。
「これを取り付けてくれ」
そう言ってリヒャルトは「よいしょ」と持ち上げてカーテンレールを渡す。「隙間なく詰めてくれよ」
「了解」
受け取ったレールは重さがあった。ガラスの壁に沿うようにして、端から順番に打ち付けていく。取り付けて終わったら、すでにフックも縫い付けてあるカーテンを、リヒャルトが下で支え、イアンが持ち上げてひとつひとつレールにかけていった。その間リヒャルトはずっと「重い重い」と愚痴っているが、実感が全く籠っていないとイアンは密かに笑った。
取り付けが終わると、リヒャルトから「それほど役に立つとはおもわないけれど」と渡されたものは防水スプレーだった。脚立の位置を後ろ側に動かしてカーテンから距離をとる。口元を布で覆ってから再び脚立にあがり、上から満遍なくふりかけていく。
一通り終わると力が一気に抜け体から汗が噴き出した。
「よしよし。後ろ下がってろよ」
イアンが数歩下がるのを確認して、リヒャルトはベッドに設置してあるリモコンを操作する。するとカーテンが一人でに両脇へと束ねられる。
「すごい」思わず感嘆の声が漏れる。
「これがさっきの箱に入っていたものだ。元々は別の用途で使うつもりだったんだけれど。なんにせよ、使い道があって良かったよ」
「確かにな」
「な?ガラクタも役に立っただろう?」
どうにも誤魔化された気もしたが、カーテンを見たらそれまでの撮るに足らないリヒャルトへの不満は淡く消えていった。
「あの子のために色々考えてくれてありがとうな。本当はまだ納得していないんだろう」
「そりゃあ……な。何度も言うが、あの子が力の制御が出来なくて暴走を続けるようなら、やはり殺す道しかない。そのときは」
リヒャルトは言葉をつっかえた。ぐっと押し黙っていたが、手を見て絞り出すように「この手で殺す覚悟をしなくちゃならない」と静かに答えた。ガラス部屋を出て、モニターの前にあるテーブルへ足を滑らすようにしてのろのろと歩く。本やらファイルやらごちゃごちゃとしているテーブルからたばこを手に取った。リヒャルトはイアンに勧めると素直に受け取ってズボンポケットからライターを取り出しつける。同じように銜えたリヒャルトにライターを投げてよこした。二人で煙をしばらく燻らしていると、リヒャルトは口を開く。
「本人が力を受け入れるためには、成長して大人になるしかないだろうな」どうにか感情的にならないようにと冷静に努めている様子だ。
「どういうことだ」
「大人っていうのは諦めがつくようになる生き物だ。どんな理不尽なことが起きても、子供のように喚き散らしはしない。全てとは言わなくても粗方仕方がないと受け入れる姿勢を持っているもんだろう」
「力を抑えるには諦めが必要だということか」
「多少はな。これが自分に与えられた宿命だと受け入れるしかないんだよ」
リヒャルトは視点をあえて定めないように自身の燻らした煙を見ている。
「訊いてもいいか」
「なんだ」
「どうしてそんなにもリルの力に詳しいんだ。何か知っているんだろう?」
「さて……どうだろうな。知っているといえば知っているが、知っているというほど容易なことではない。たとえ知っているところで、答えるつもりはない。おまえたちには意味のないことだ」
「何故だ?これからあの子の力と向き合って付き合うつもりなんだ。どんなものか知っておいた方が良くないか」
曖昧に済まそうとしているリヒャルトに苛立ちを覚えて語気を強めた。はっきりとした答えを求めようとしたが、言葉が喉につっかえる。リヒャルトはまるで喉元にナイフを突き立てるようなまなざしでイアンを見据える。イアンは言葉を押しとどめられた気がした。
「イアン、忠告だと思ってくれ。知ろうとするな。知ったらあの子の普通の生活は失われる可能性が高くなる」
まるで脅しのような物言いだ。イアンは不服そうに真一文字に口を結ぶ。リヒャルトはそれに気づきながらも視線を反らし眉を顰めた。何度かたばこを吸っては吐き出し天井に白い靄を広げる。
「逆に訊くが、おまえの友達とやらは、あの子の力を知っていたのか」
「どうだろう……少なくとも廃工場にどういうわけか捕らわれていることを知っていた。事情は全くわからない。あいつのことは俺もよく知らないんだ。数年もの間に会った回数は多くなかったし、子供がいるなんて話も、最後に酒を飲んだ時に初めて聞いたくらいだ。手帖には殆ど仕事らしいことばかりで、時々妻や子供に会いたいって文言はあったくらいで自分のことは殆ど書かれていなかった」
仕事らしい――イアンが有耶無耶に言うのは手帖に書いてある文字列が、日付と、なにかしらの材料と量が書かれているくらいだ。おそらく仕入れ業者で働いていたのだろうと推測した。
「でも戦争に行くときに、この仕事が終われば家族に会えるって言っていた。もしかしたら脅迫でもされていたのかもしれないな……死に際のあいつの必死な顔、忘れられねえよ」
隣で一緒に戦っていたものが死ぬ。珍しくないことに慣れすぎていたはずだったが、ヴィンセントの死はイアンにとって思いのほか傷となってしまっており暗然と胸を締め付けていた。
「あいつが娘の力について知っていたかはわからない。でも知っていようが、そうでなかろうが、少なくとも俺には妻子に会うことを焦がれていた普通の父親に見えたよ」
「そう、か」
リヒャルトは煙草を吸い殻がたまった灰皿でもみ消してリクライニング椅子に深く腰を掛けた。
「その手帖、預かってもいいか?」
「ん?構わないが」
一通り目を通して目ぼしいところも、特に気になる点もなかったので、迷うことなくリヒャルトに渡した。
「何か気になるのか?」
どこかひっかかることでもあったのか尋ねようとしたときイアンを呼ぶ声が聞こえた。振り返るとリルが上階かららせん階段を覗いていた。
「終わったよ」
「あ、ああ。今行くよ」
イアンは答えを求めようと視線をやると、リヒャルトは手をぶらぶらさせて早く行くように促した。
「確認するだけさ。何もなかったらすぐに返すよ」




