第10話
ガラスの部屋の中にあるガラクタを外に出す作業だけで夕方までかかった。
「これを機会に捨てるとか、捨てるとか、捨てるとか出来ないのか」
リヒャルトは力仕事は向いていないと一向にやる気を出さず、だらだらと軽いものを中心に階段の傍へと運ぶだけだ。
「捨てるしか選択肢ねえじゃん……出来るか出来ないかと言われたら出来ないね。ここにあるものは要るもの、多分要るもの、絶対要るものしかないからね」
悪びれもなく答える様に、道理で片付けないわけだとイアンは呆れの目を向ける。
(全く……さっきは神妙な顔をしてリルのために片づけるって言っていたのに)
運び出した荷物の中で座り物色しているリヒャルトに、ぶつけても手ごたえのない文句を心の中でぶつくさと垂れた。
「せめて、これを機会に運んでいる間にいるものといらないものを判断してくれねえか」
「くれないねえ……無理やり判断して後悔したくないし」
まだ見ぬ未来に思いを馳せるように遠い目をする。全く他人の言葉を聞く耳を持つつもりはないようだ。こうなれば何を言っても意味はないとイアンは嘆息した。
反面リルは自分の体格を考慮しない大きな荷物を、無理やり持ち上げようとしたり引っ張って動かそうとしたりとしている。
「おまえさんは、軽そうなのを選びなさい」
部屋の前で選り分けた荷物の軽そうなものを指さすと、リルはこくこくと頷いて、その中でもより大きくて重いものを選んで運び出す。
「全く。無理するなよ」
そう言ってリルの頭を撫でると、リルは面映ゆそうに小さくはにかんで、足取り良く荷物を運び出した。イアンは残っている大きくて重いガラクタに手を伸ばして軽々と持ち上げる。あらかた階段下にまで運び出すのを終えたら、すぐに使うものなどないだろうと思ってイアンは荷物を一階へ運び出そうとした。
「ちょっとまて、それは置いていけ」
リヒャルトの制止にイアンは抱えた木の箱をしぶしぶ床に置くと、リヒャルトは手に持ったバールで釘を抜く。蓋を開けると経年で溜まった埃が舞ってリヒャルトは咳き込んだ。中を覗き込むと、これまたイアンには何かわからないものが入っている。
「これは?」
「必要なものさ」リヒャルトは不敵な笑みを浮かべた。「さてと、あとは俺に任せるんだな。ここでの君の仕事はないよ。これらを買いに行きたまえ」
リヒャルトから差し出されたメモを受け取った。買い出しの内容が書かれている。
「ふうん……案外リルのこと考えているんだな」
「引き取ると言ったからには、な。一応この家の主は俺なんだから。責任あるだろう」
リヒャルトは頭を掻いて顔をそむける。耳が少し赤い。
「なんだかんだ人がいいんだよな。じゃあ、リルのこと頼んだよ。リル、すぐ帰るから」
「うるせえ!さっさと行きやがれ」
ここぞとばかりに、にやりと柔らかな言葉をぶつけると、あからさまに照れ隠しをして自己を守った。決して顔を見せようとはせずに、しっしっと手で振り払った。
イアンはジャケット羽織ってから家を出て上階へ赴いた。多くの人が行きかう露店や店で夕飯の買い出しや、リルにすぐ必要なものの仕入れを済ませてから仕立て屋に寄った。店の外から中の様子が見られるような大きな羽目殺しの窓がある。電気はついているが客も店主の姿も見当たらない。扉を開けると透き通ったドアベルの音が鳴り響く。
「ごめんください」
奥から「はいはい」と眼鏡をかけた女性がかけつけてきた。仕立て屋を切り盛りしているカトリン・メーリングは、市街地で有名な職人だ。あまりにも腕が良いと、市街地を超えてクライス上層部からも客が来るらしい。リヒャルトも気に入っており、持っている衣服の殆どをカトリンに任せている。
「あら、リヒャルトさんところの」
「イアンです」
「そうそう、イアンさん。おひとりなんて珍しいわね」
「お願いがありまして」
「あら、それも珍しい。なにかしら」
「これくらいのサイズのカーテンを仕立ててもらえませんか。できるだけ早めに」
リヒャルトから預かったメモを渡す。これからリルが寝起きするガラス部屋にかけるカーテンを設えてもらうためサイズが書いてあった。
「あらあ……随分大きなカーテンをご所望で。これは腕がなるわね。柄はどんなのがいいかしら」
カトリンは見本表として、ファイリングした布の切れ端を戸棚から取り出して見せる。
「柄、ですか」
衣類に全く興味がなく、着られればいいと思っているイアンには、どれを見てもよくわからなかった。なんとなく『派手』か、どことなく『地味』といったような感想しか持てない。
「女の子が好むような柄ってどれですか」
「女の子」
「あと服も仕立ててほしいんですけど」
「服」
カトリンは笑顔を張り付けたままじっとイアンを見据えていた。
「誘拐でもしたの?」
「違いますよ!友人の子供を引き取ったんです」
「あら、そうなの」
「なあんだ」とカトリンはつまらないと言わんばかりに口を尖らせる。
「それで、お嬢さんはおいくつ?」
「おそらく十歳くらいです」
「十歳ねえ……可愛いものも捨てがたいけれど、綺麗めなものに目移りする年頃かしらね」
分厚い見本表をめくっていく。シンプルな色合いから、艶やかな大柄、愛らし気な小花が散ったものなど、次々にサンプルを取り出す。
「やっぱりピンクは最強よね。でも少し大人びて見える青系も捨てがたいわ。柄物なら圧迫感を与えないように柔らかい色合いがいいかも」
「はあ……」
弾丸のように隙間なく喋るカトリンに圧倒されイアンは曖昧な相槌を打つことしか出来ない。そんなイアンに構うことなく、厳選した十枚のサンプル品を並べた。
「おすすめはこんなものだけれど、どれにする?」
やはり見せられてもイアンには選ぶのは難しかった。どれがあの部屋にあうのか全く想像出来なかったし、何よりまだであったばかりのリルの好みがわからない。せめて好きな色だけでも訊けばよかったと頭を掻く。
「俺にはなんとも……選んでもらえませんか?」
「あら駄目よ。他所の子とはいえ、引き取ったってことは親になるんでしょう?子供のために選ぶって大事なことよ」
カトリンは真剣な眼差しをイアンに向けて続けて話す。
「それに子供ってすぐに大きくなるわ。あなたの手を離れるのもあっという間よ。独り立ちしたときに、小さな思い出はその子の力になるんだから」
「でも自信ないですよ。リヒャルトからもおまえはセンスの欠片もないって言われてるし」
「それでもいいの。親だって人間、完璧になる必要なんてないわ。得意なこと、苦手なこと、時に間違えることだってあるだろうけど、愛情を注ぎ続けてあげて」
まだ親になって一日目、自信がなくても当然かと自分を奮い立たせる。
「それに、私にかかればダサいなんてありえないんだから。安心して選びなさい」
カトリンの絶対的な自信を前に、イアンは安心を覚えた。




