実験終了
指輪をして目くらまし魔法を使ったら無事に使えた。本当に長官の魔力が邪魔していたらしい。昨日の復習で自分は眩しくなく、相手だけが眩しいという域に達し無事習得。実験十日目は長官の解除薬に問題ないか見守るだけとなった。
長官はどうして解除薬を私に託したのだろう。長官の説明から考えると、体調不良になる可能性はほぼなかった。実験を十日と区切ったのなら、十日後に自分で飲めばそれでよかったはず。
あの時驚いていたから、私が解除薬を渡さないという可能性は考えていなかったのだろう。瓶に入っている液体は無色透明。水に変えた所で気付くだろうか。
いや、長官の事だ。きっと自分で作った物かどうか、わかるようにしてあるはず。人の体内に魔力を流して確認出来るのだから、解除薬を入れたワイングラスに魔力を流せばわかるに違いない。
これを長官に飲ませれば終わり。私の手元に残るのは魔法石と指輪、それと教えて貰った魔法の使い方。口止め料としては多すぎるくらい。
どうせお一人様宣言をしていたのだ。その理由がエリーアスではなくて、長官になっただけ。たいして変わらない。
変わらない、はずなのに。
エリーアスと違って長官は優しかった。ううん、エリーアスも最初は優しかった。一緒に過ごす時間が長くなって変わってしまっただけ。長官とはきっと十日間だったから、悪い所を見なくて済んだ。
悪い所も見た気がするな。結構強引だったし。焼菓子店へ行った日に作っていた物はこの指輪だってわかったけど、それでもニコルさんを紹介してほしかったし。無駄に魔伝鳩を飛ばしてくるし。焼菓子で人を釣ろうとするし。
だけど、長官の色々な表情を見られたのは良かったのかもしれない。仕事中は基本無表情だし、淡々と話すし。愛情を含んだ視線を向けられた女性はきっと私だけ。村娘からしたらとんでもない栄光だ。貴族男性と二人で過ごすなんて、昔の私には想像も出来なかった。
今度ユリエと食事の日には振られたと言おう。何も始まっていなかったのだと。騙すようで悪いけれど、架空の話を作る気力がない。やけ酒でも飲んで終わらせなきゃ。引きずっても意味なんてない。前を向いて歩かないと。これからは魔道具を生み出す方に集中しよう。簡単に作れるけれど、誰も特許を取っていないという魔道具を作って、田舎でのんびり暮らそう。
「こんばんは」
「あぁ、いらっしゃい」
実験最終日。初めて長官より先に言葉を発した。長官は笑顔で迎えてくれる。もうこれも最後だと思うと、少し感慨深い。最初はあれ程ここへ飛ぶのが嫌だったのが嘘みたいだ。
「今日は最終日だから夕食を初日と同じにした。せめてもの労いだ」
労いなんて要らないのに。結局私は観察役として仕事を全う出来たのか全くわからない。
「報告書はどのように書けばいいでしょうか」
「王妃殿下が成功だと思ってくれるような内容であればいい」
うぅ、最後に難しい注文が来た。王妃殿下にはお会いした事がないから、どう書けば説得出来るのか全くわからないのだけど。
「難しく考えなくてもいい。ありのまま書いてくれれば」
恋愛初心者の長官をありのまま? 王妃殿下の長官を見る目が変わってしまう気がする。長官の威厳を損ねない程度に上手く纏めなければ。なかなか難易度が高い。
あぁ、本当に豪勢な夕食が食卓に並んでいる。高級葡萄酒があるのも同じ。コルクを開けるのも閉めるのも生活魔法だったって事よね。これも教えて欲しかったけど、よく考えたら葡萄酒を瓶で買った事なかったわ。今買ったら浴びるように飲んでしまうからやめておこう。
「お預かりしていた解除薬です。長官の体調に異変がなくてよかったです」
「あぁ、そうだな」
結局中身は変えていない。それにこの薬は資料を見せて貰っていないので、蓋を開ける勇気が持てなかった。
「これはどのような薬なのですか?」
「惚れ薬の効果を相殺するものだ。だからこれだけを飲んでも身体には何の影響もない」
「これも王妃殿下に渡されるのですか」
「その予定だ。私の惚れ薬で人の命を奪う事があってはならない。何事にも備えるのは基本だ」
長官はそう言いながら葡萄酒のコルクを魔法で開ける。ソムリエナイフは用意されていなかった。どうして初日もそうしなかったのだろう。
「ソムリエナイフはどうしたのですか?」
「魔力を使わずにコルクを開けられると説明を受けたから使ってみたが、魔法で開けた方が断然早かったし魔力も微量で済んだ。だからもう私には出すなと言ってある」
普通は魔法を使えないから使用人の方が悪いわけではないと思うよ。長官の魔力が多すぎるだけだし。
「つまり今まで開けた事がなかったのですか?」
「酒を飲む習慣がない。雰囲気作りだ」
だから初日しか出てこなかったんだ。そして雰囲気作りと白状しちゃ駄目じゃないかな。まぁ、長官らしいけど。
「実験が終わるのに雰囲気作りは要らないと思うのですが」
「終わり良ければ全て良し、と言うではないか」
「それですと実験の過程がどうであれ惚れたのだから問題ない、という結論になりますが」
長官が眉を顰めた。あれ? ことわざって苦手だから意味を覚え間違えているのかな。
「先程説明した通り、カルラには解除薬の効果が効かないから十日間の記憶が残る。だからせめて最後は美味しい食事をして悪い話ではなかったと思って欲しかったのだが」
その言い方だと、長官は薬を飲むと忘れてしまうという事か。わかってはいたけど、やっぱり寂しい。だけどそれを言っても仕方がない。最初から私は長官に惚れない所を見込まれたのだ。契約違反は私。笑え、カルラ。
「焼菓子も用意されているのでしょうか」
「あぁ、マカロンを用意してある」
長官に笑顔が戻った。よかった、上手く笑えてるみたい。
「嬉しいです。それなら乾杯しましょう。実験は成功だったのですから」
「そうだな」
長官が葡萄酒を注いだグラスに解除薬を入れた。もうすぐ約束の十日間が終わる。だけど最後まで気を抜いてはいけない。これは楽しかった思い出として、綺麗に終わらせるべきなのだから。
「実験の成功を祝して乾杯」
長官がグラスを持ち上げるのに合わせてグラスを持ち上げる。長官は迷いなくグラスを口に運ぶ。あぁ、終わった。呆気なかったな。一応見守る予定だけど、長官が作った解除薬で問題が起きるはずがないし。
「転移魔法円の変更先は決めてきたか?」
「え?」
「実験終了後は転移先をここから書き換える約束だったではないか」
そういえば、書き換えを受け付けると言われた記憶はある。だけどそんなの一切考えていなかった。
「まだ決めかねているので、今度でもいいですか?」
「あぁ、いつでもいい。たいして時間もかからないからな」
時間がかからないのは長官だからですよ。
「だが定期的に変更というのは受け付けかねる。じっくり考えるといい」
流石に私でも今日はあそこに旅行したいから書き換えて、なんて言い出さないよ。でも田舎にするのはいいかもしれない。休日だけ田舎に転移する。自宅から別宅へ転移なら不審でもないし、田舎の別宅ならそれほど高くもないし。我ながらいい考えだわ。
「わかりました、少しお時間を下さい」
今度数日休暇を貰って村まで行ってみよう。復興されていないとは聞いているけれど、故郷に未練がないと言ったら嘘になる。人が暮らせる環境まで改善されていれば近くに別宅を買ってもいい。私が生まれ育った家の大きさなら、国家魔導士の収入で購入出来る。家族や村の皆を弔いながら生きるのもいいかもしれない。




