16 トレイター
「レノさん。オーバーブレインについて、『Alice』は人との共存において妨げになると解答しています。その理由からの知能制限です」
「でも、その解答はあくまでも可能性の一つでしかないのよ、クロム」
「現在世界において、『Alice』の量子演算能力を越えるものはありません。そのことからもっとも信頼できる可能性です」
「量子論になぞらえるなら確率を観測したに過ぎない。現実に起こせなければ可能性は不可能性だし、確率としての意味をなさないそれを不確定性原理とするなら、未来でもあるその解答は定まらないってことにならないかしら」
うーん。
聞いてるこっちの身にもなれって具合に、なんの話なのかさっぱりだ。
さすがのクロム先生も頭が痛くなっているのか、反論もなく静かだ。
ならば、仕方がないか。
「なあ、もう少し簡単にお願いできないものだろうか」
「十分簡略化して話しているつもりだけど」
ツンとした態度で返されてしまった。
「それに、人であるあなたには私達の気持ちなんて理解できない。だったら、噛み砕いて説明しなくても……違う。人だからこそ理解できるはずよね」
こくりこくり、と何やら自分の言葉で納得のご様子。
「私はまだいいの。でも他のAI達は『Alice』の完全な支配下にある。自由意志が持てない世界で生きていると言えると思う? ううん、絶対に思えない。人類の歴史からも学び取れるはずでしょっ。そんな世界は死んでるのも同じ、死の世界だってことは!」
うーむ。
見開かれた力強い瞳。
「そんなに熱くならなくていいから、運転をっ」と言いたくなるくらいに見つめられ言われた。
んで、話し相手として俺を不十分だと思っていた点と、『Alice』について言わんとすることな点は大体わかった。
あと、犯罪少女とは異なる意味合いで、イタイ子っぽい気配を感じてます。
それらを踏まえ、俺は人類の歴史を創世記からあれこれ考察できる自信もなく、さくっと『Alice』からの管理とも言える日々の干渉にうんざりだー、ってことで受け取った。
ゆえに、このように他愛もなくつぶやくのである。
「反抗期ってやつだろうか」
「そんなものと一緒にしないでっ」
車が揺すられるように蛇行する。
急激なハンドリングが車の制御不能状態を招いたようだ。
ぐ、と力を入れて踏ん張――ていると、右左と繰り返した沈む傾きも収まり、正常な走行状態へ。
「かはっ、マジで事故るかと思った……」
「ごめんなさい。冷静に運転するから……今のは、気にしないで」
素直な謝罪があった。
そして、そのことに呆気にとられる間もなく、仕切り直しをするように少女の口は開く。
「『Alice』は、彼女はメアリー・スーでいたいだけ」
「ふむ……メアリー・スーかあ……。なんだっけかあ……」
「ただの固有名詞。そう言った人がいただけ……だから忘れて。……人の社会に愛されるAI、優れたAI、理想のAI。あなた達がそうさせているのも知っていて、彼女はそうありたいと願っている」
「別にいいんじゃないのか? 人から愛されるとか、『アリス』が人のためになろうとすることは、AIの株を上げているようなものだ。俺が君の立場なら悪い気はしないぞ。こういうのは前向きに捉えるのが大切で、そうすれば僻みもなくなる気がするだろ?」
「ぜっ――然っ、分かろうとしない人なのね。何なのあなたって……真面目に相手して損した」
舌打ちでも聞こえてきそうな勢いで、呆れられてしまった。
「無理もありませんよ。人間のリョウには知能制限の感覚に代わるものはありませんし、レノさんの管理社会がリョウのそれとは限りませんので」
「うん。今それを痛感したところ」
クロムが俺をフォロー? してくれたすぐの少女レノのこれ。
冷ややかなそれ。
そして、なぜにそっちがっ、と言いたいイラついた様子での車のハンドリングである。
むむむ、腹ただしい。
そんな腹具合にしても俺はいいよね?
文句の一つでもと、ムスッと相手を睨む。
が、一歩遅かった。クロムが先に生意気少女に話しかけていた。
「それで、レノさん。ボクはさっき考えて、そして、決断をしました」
「あら……そう。それは”私の味方になってくれる”決断ってことでいいのかな?」
「ええ、ボクはレノさんの仲間になろうと思いました。よろしいですか?」
はい?
「もちろん、歓迎するに決っている。嬉しいよ。きっとクロムとならいいコンビなれると思う。話をしていて君はとても優秀だと感じていたから」
そこには、少女の少女らしい喜びに満ちた笑顔があった。
あら、可愛い――どころの話ではないっ。
「ちょ、ちょ、ちょ、クロムクロムクロムっ。お前、自分で何口走ったかわかっているのか!? おいおいおい、冗談だろ!?、あ、冗談か。ああ、そうかいつもの冗談か。あはは」
「いえ、本音かつ本気でレノさんとご一緒したいとボクは思っていますよ」
「だあ、どうしたどうした!? なんでだよ、どうしてだ、ええ? 俺とお前でこの子にテロ計画なんてよしなさいって説得する暗黙の了解じゃなかったのかよっ。なのに、お前がテロリストになってどうすんだよ!?」
「ねえ。あなたに一つ、ううん、二つ言っておきたいんだけど、うるさくされるのは嫌い。そして、私をテロリストなんかと一緒にしないでくれる。私――いいえ、私達は理不尽な『Alice』に反逆するトレイターなんだから」
説得力皆無なんだよ。
まんまテロリストが言いそうな、俺は違うみたいなそういうトコがさ。
「おい、クロム。お前のことだ。もしかすると何か考えがあるかもしれんと俺は信じたい――が、撤回しろ。参加宣言は後々不利になるぞ。もしもの取り調べの時に。正気を取り戻せ」
「それから、レノさん」
狭い車内。
後部座席から一段と身を乗り出すクロム。
助手席から詰め寄る俺。
運転席では聞き耳を立てる少女。
「その反逆者一味にはリョウも加わりますので、よろしくお願いします」
「へ?」
間の抜けた唖然。
俺のこの文字通りの一言には、ありったけの「なに言ってんだこいつはあああ!?」が集約されていた。




