11 ドライブ ③
「なあ、レノちゃん……」
「そう……あなたって、難しい顔もするのね」
独り言で愚痴をこぼしていた時に比べれば、随分と大人っぽい言い草で言われた。
そして、言葉通りの幾分しかめっ面である俺を見てくれたのは有り難い。
なぜなら、ここまでのなんか面倒な人とか、容易に拉致られる甘いおっさんとか――を払拭させるような凄みのあるフェイスを俺なりに作ったからだ。
つまり無駄にならなくて済んだそれは、俺が本気を出せばああ――の一端であり、ここからの俺は一味違うぜの意思表示である。
「俺はこのままずっと拉致られごっこを楽しんでいても結構だが、君の方はそういうわけにはいかない」
「リョウは無職で時間がいっぱいありますからね」
「ええい、口を挟むでない犬っころ」
少女レノが俺を拉致した原因は、はっきりしていた。
少女にとって秘密らしい「ヒューマロイド」の事実を俺が知ってしまったからだ。
俺にとって淡い恋心を砕いたそれくらいのことで罪には問わないよってもんだが、人を偽っていた事を大いに隠したいようなので、大した事なのだろう。
前例を聞いたことがないまでも、なんかこの子すんごいイケない事をしでかしていた――きっとそうだ! の勘が働く。
ゆえに俺の口を封じようと、手段としては過激極まりないのだがヒューマロイドレノは俺の抹殺を目論むのだ。ほんと、短絡的な、だな。
しかしながら、いろいろ脅しを仕掛けようとも、自殺案からも俺を直接殺害するようなことはAIの性質上無理のようだ。
だからたぶん、最終的には拉致監禁になるんじゃないかと踏んでいる。
手は出せない強制自殺とか、えらく馬鹿げたものなんかで自分の人生終わらせてたまるかって話だ。
駄々をこねまくって回避してやる腹づもりだ。
話から直接的な危害行為はなさそうだし、俺の意思がしっかりしていればどうとでもなりそうなチープな殺人計画だしな。
まあ、成功するんなら、犯人が本人の完全犯罪……ただの自殺で処理されるから都合がいいのか……なるほど。
いやいやしかし。
真意は読めない、読まないとして、本気っぽさは割りとフェイクで、向こうも自殺殺人が上手くいくとは大真面目に思ってないだろう……と察しの良い俺は考える。
ともかく、自殺案が上手くいかなかった場合のその先も、おそらく相手は何かしらプランを立てているだろう。
俺の”君の方はそういうわけにはいかない”はこの自殺回避後の部分を示唆している。
あえて含みを解説するなら、”俺はそのプラン、君の拉致監禁なんてお見通しさ”と、先手を取っているぞ! って言いたかったわけ。
この一手からイニシアチブを取り、あれよあれよと言う間に王手、相手をやり込める……かもだろ。
それはそれとして、先読み通り「監禁」となった時、いや絶対にそうなるよう仕向けないと俺の人生が終わってしまうからね――だけど、監禁または軟禁だろうともさあ……これはこれで非常に困るわけだな。
改めて考えなくても、自由がない生なんてのは死よりも辛い地獄だとして。
時期も悪い。
この時期ってサマーイベントが目白押しなんだよね。
今年は生誕10周年を記念して『Alice』の祭典もあるんだよな……。
一大イベントの目玉は10年ぶりの生な〈アリス〉だけど、きっとヒューマロイドアイドルユニットのライブイベントも関連で行われるはず――だと俺は睨んでいる。
ヒューマロイドのアイドルはいいぞ。
恋人が発覚したりのスキャンダルの心配はないし、生身じゃないことのほうがかえってアイドルとして受け入れる俺の気持ちを明確にしてくれる。
応援という純粋な気持ちだけを研ぎ澄ます、そんな高尚な境地へ誘ってくれる。
だから、死んでも行かねばなるまいて俺のコバるんのために。
よって、監禁中なんて失態は御免被りたいのだ。
「俺から、俺の口を封じたい君に提案がある」
チロリとした流し目があった。
これは……たぶん話してみてよ、の反応だな。
なんとなくだが、少女レノとの会話にも慣れやコツを掴み始めていた。
では、呼吸を一つ。
間を溜めるつもりなんてないが、ここからは誠心誠意の態度で臨まなければならない。
「約束する。俺は誰にも君がヒューマロイドだなんて口外しない」
そう、これだけで万事解決になるのだ。
単純明快。
行き先は同じ墓でも、俺が墓まで持ってく覚悟で秘密にすればいいだけなのだ。
物理的な口封じなんてのは必要としない。
そして、相手のフォローも忘れない俺は、こういう時にAIの思考は計算式寄りだよなって思ってしまう。つまり少女レノがっていうより、AIだから仕方がないよなって事だな。
秘密を秘密とする為に、情報の流出を懸念するところまではわかる。
でも、その先が宇宙船並に飛躍しすぎだ。
有と無、または0と1というか、情報を持つ人間が「いるorいない」の判断材料に絞り込んで決めているような気がする。
結果、俺の意向など反映できない偏った思考に陥るわけだ。
ふむふむ。
少女が面食らっているぞ。
その知能――まだまだだな、である。
さて、今日の夕飯は何にしようか。
ふと視界に入り込んだクロムの「ほけ~」とした目を見て、ホッケ(魚)が食べたいなと思った。
言わせてもらおう。
俺はまだ拉致られている最中だった。
家に送り届けてもらっているとかでもなく、車の終点は変わらず自殺の名所行きのようだ。
なぜだ? どうしてだ?
と逡巡していたのはもうずっと前だろうか。
――そんな提案とも言えない提案、飲めるわけないでしょ。
これは馬鹿でも見たような風味で少女から。
――信用もない約束を交渉材料に使うなんて……なんだかボク、頭がイタいですよ。
こっちは心底呆れた風味満載でクロムから。
俺にはこんな批判が叩きつけられていた。
友達が少ないこと、家に訪ねて来るのは妹くらいしかいないことも大いに付け加え、今無職だし、どちらかと言えば、誰かに話したくても話す機会すらないから大丈夫!
そう豪語したにもかかわらず、俺の”約束する”は無碍に扱われたのだった。
そして。
これも言わせてもらおう。
少女レノが、今度は間違いなく衝撃的なことを言いやがった。いや、俺に聞かせやがった。
胸騒ぎがした告白を、少女は覚悟と言うのだ。
俺を絶対に逃さないそれだと言うのだ。
少女レノがヒューマロイドであることを知った俺はショックだった。
少女レノがヒューマロイドであることを隠していた理由は――。
途方もない、ヤバさしかなかった。




