10 ドライブ ②
「薄々気づいていると思うけれど、私には……人であるあなたを殺せないの」
衝撃的事実風で言われた気もしなくもなかった。
しかし、大したことでもなんでもないことに大きなリアクションはできません。
「だろうな。AIの基礎概念として組み込まれてるらしいからな、人を殺せないものが」
「リョウは知っていたんですね。ボクはてっきりリョウのことだから知らないものだとばかり。だからオメオメ、レノさんに拘束されてしまっているものだと思っていました」
「世間の標準値の俺が知らないわけないだろ」
そうなのだ。
AIによる人の殺害はない。
仕組みはわからないが、理屈はわかる。
いろんなAI達の中には、人を越える身体的強さや人の殺傷も可能な能力を持つものがいる。
こっちの操作で扱う機械ならいざ知らず、自律可動自律意思を持つ相手に対してのそれは場合によっちゃ脅威に他ならない。
ゆえにそれなりのセーフティーが必要となるわけだ。
しかしながら、制約範囲が大きいと活動できないとかで「人に危害を加えない」ではなく「人の命を奪わない」と、えらく極限的なセーフティーだけが施されているようだ。
その上で――、
「ただ、実際に拳銃なんてものを突きつけられてみろ。もしかしたらが頭に過る。だから、わかっちゃいるけども状態になるってもんだ」
「ボクにも理解できる言い訳があってホッとしました。女の子にさらわれる趣味でも増えたのかと思い、ゲンナリしたボクがいたことは伝えておきます」
「お前なあ……てか、お前こそなんで、俺を拉致る相手の言いなりになってんだよ。俺が危なくないことはわかっていたんだろ? だったら警察に連絡するとか、店の人呼ぶとかさあ」
「ボクとしても”もしかしたら”を拭いきれませんでした。レノさんは『Alice』と繋がらない特殊なヒューマロイドのようですから。確証を得られない要因があったので、現在の状況はリョウの命の危険度が増すことを避けた結果です」
クロムが車外の去りゆく景色を一瞥。
それからその無機物の目を、少女レノ経由で俺に戻した。
「しかし先程のレノさんの発言から、もうリョウのことを心配する必要もなくなったので、今は20世紀の車によるドライブを楽しんでいます」
「お前ってヤツは、ほんとお気楽仕様のわんコロだよ」
そんな感想でクロムとのやり取りを終わらせてすぐ、俺は後ろへ回す首を横へ差し向けた。
クロムも俺と同じく少女をジーと注視するようだ。
「……絶対に人の命を絶つ行為ができないとは言い切れない。でも、まず無理だと思う」
俺達の熱視線の甲斐あってか。再び言質を取ることに成功した。
どうやら、ちゃんとヒューマロイド少女にもセーフティーは働くようだ。
「特殊だろうってのはなんとなく感じてる。しかしながらそれも関係なくってことで――いいようだな。つまりどうあがいたって、俺を拳銃で撃つなんてまねは絶対にできなかったわけだ」
「そうね。出血や急所を考慮して撃ち抜くことは可能だけれど」
失敗した。
不用意な発言で、より残酷な仕打ちの選択余地を与えてしまった。
「でも、やっぱりそれでも抵抗がある。それができるんだったら、わざわざ非殺傷性のアームスタンキャノンなんて使用しない」
非殺傷性のアームスタンキャノン……ああ、更衣室で俺を気絶させたサイコガンのことか。
しかし、わざわざと言うくらい大掛かりな手段まで使って――と、思ったら。
「なんで、俺を撃てないんだ?」
などと、まるで撃たれないことを悔やんでいる、みたいなことを口走っていた。
いや違うんだからね、俺の体は銃弾なんかまったく欲していないんだからね。
ほんの好奇心からの聞いてみた、ただそれだけだから。
マゾ的変な誤解とか、挑発と受け取ってやっぱり頑張ってみるバンッとか絶対に止めてよね。
「……”恐怖”があるの」
少女はぼそり言う。
その重々しい雰囲気にもあてられて、俺の心にあった陽気は影を潜めた。
狭い車内だけあって、シリアスとでも言うべき空気はすぐに充満した。
そして、口元からこぼれた言葉は俺が抱く感情であって、少女が抱くものではない。
だから、ちょいとばかり理解が遅れた。
それでも、隣にある横顔――どうやら俺がそうさせてしまたらしい、遠くを見つめるような深い瞳の色から意味を悟る。
例えば。
仮に俺が、他者を殺そうと拳銃の引き金に指をかけたとして……。
「自分が命を奪ってしまうことへの恐れか……」
「……人の、あなたのそれと、思考が停止してすべてが真っ暗になるような私の感覚が同一のものなのかはわからない。けど、恐怖があるの。理屈のない恐怖は、絶対に越えてはいけな一線だと私に警告する……」
神妙な面持ちでの吐露に、俺は考えてしまった。
AIが人の命を奪えないその事実は、罪の意識とは違い本能と言うべき性なのだろうと。
だとしたら、それは命の尊厳ゆえに感じる俺の恐怖とは異なる。
少女レノが人に対して抱くそれは……畏怖だ。
俺達が人を創造した神へと抱く感情が最も近いのではなかろうか。
なぜなら、彼女達AIを創ったのは人間なのだから――。
「だから……あなたが自殺するしかない」
「いや? 悪いけど俺、死ぬつもりなんてさらさらない……ってさっきも表明したよな? そもそも、この崖から海へ飛び降りてください、はい、わかりました、ドボーンってことには絶対にならんよ」
「その事なら問題ない。さっきのクロムとの会話を聞いていたでしょ。私が直接手を下さずに、あなたを殺れる方法は考えてあるから」
「へ? え? あれ? いやいや、AIは人を殺せないとか、さっき君自身認めていなかったか?」
「そう、私が人間の命を奪うことは許されない。でも、私のアイデアであなたが死んでしまうことには抵抗なんてちっとも生まれないから大丈夫よ」
「は――い?」
目が点になった。
やはり相手は人ではなかったんだっけ、と思い知った。
その行動思考が、自分中心かつ表面的な事実にこだわる。
自分が手にかけることはNGで、直接手にかけなければOKって――なんじゃそりゃ、である。
俺が真面目に導き出した、神への畏怖とか、そういう論理はどこ吹く風であった。




