第6話 古物商カン老人の錆びた77層のランタン(品番 No.021)
夜通し天井の木の梁に逆さにぶら下がっていた真紅の霧を再び試薬瓶の中に閉じこめるには、鉛を染みこませた蜜蝋と銀線が三重も必要だった。
俺が素手の右手でピンセットを握り、試薬瓶の口の最後の銀線の結び目を締め上げると、隣で尻尾を膨らませていた銀色の毛玉、ハルがようやく安心したように欠伸をして、研磨用の革パッドの上へ戻って丸くなった。
チリン——
朝霧のまだ晴れきらない六時ちょうど、店の表の扉の錆びた真鍮の鈴が重く鳴った。
扉を押して入ってきたのは、1層広場の向かいの露店で廃鉱石と古甲冑を扱う七十歳の古物商、カン老人だった。腰まで届く豊かな白髭に油染みた革の前掛けを締めた彼は、若い頃に50層台の補給官として服務していたが、片膝を負傷して1層へ降りてきた老人だった。
「ユン店主、ご機嫌いかがかな。店の中がどうしてこうも硫黄臭いんじゃ?」
「明け方に少し毒気の宿った刃を洗い流していたもので、カンご隠居。朝早くからどうなさいましたか?」
カン老人は咳払いをひとつすると、背中の背負子から塩気と白い霜が幾重にもこびりついた重厚な真鍮の鉱夫ランタンをひとつ下ろし、俺の作業台の上に置いた。
大人の頭ほどもある丸い耐圧ガラスの火屋の内側では芯が真っ黒に凍りついており、ランタンの底の真鍮の油壺からは、指先が痛むほど鋭い冷気が噴き出していた。
「昨日の晩、外郭の廃棄物落下口の第三回収網にこれが引っかかって降りてきたんじゃ。底の刻印を見たら77層の深海氷河坑道で使う防風の真鍮ランタンじゃったが、芯が凍りついているせいか、火種を近づけただけでマッチの火が逆さに凍え死んでしまうんじゃよ」
カン老人が白髭を撫で下ろしながら舌打ちした。
「広場の鍛冶屋の連中は、77層の寒気結晶が油壺に染みついたから屑鉄として溶かしてしまえと言うんじゃが、わしが補給官だった頃に見た上層部のランタンは、芯の先に登攀者の魔力が宿っていれば絶対にただでは消えんのじゃ。お前さんなら、燃やさずに生かせるんじゃなかろうか?」
俺は真鍮の拡大鏡の眼鏡を下ろしてかけ、黒い木綿の布を巻いた左手で冷たいランタンの底を包み握った。
傷ついた金属の冷気が木綿の布を突き抜けて俺の古い火傷の痕を刺してきたが、痛みの代わりに、ランタンのガラスの火屋の内側に閉じこめられた最期の瞬間の記憶が、指先を伝って静かに流れこんできた。
[品名鑑定:No.021 — 77層深海真鍮鉱夫ランタン]
[正常作動規則:下部の気流核の圧力で黄金色の温熱の炎を維持し、氷点下60度の深淵氷河の寒気を半径五歩の外へ押し出す。]
[現在の欠陥:前の持ち主が外部放熱バルブを強制的に締め、すべての熱量をランタンのガラスの火屋の表面一箇所のみへ逆流させたため、気流核が過冷却凍結している。]
記憶の中の風景は、息遣いさえ凍りつく77層の青い氷の洞窟だった。
吹雪に孤立した二人の上層登攀者のうち一人が血を流して倒れており、もう一人は自分の両手が凍傷で黒く壊死していくのも構わず、ランタンの放熱ねじを逆方向へ最後まで回し切った。
自分の身を守る防護幕を捨てる代わりに、ランタンのガラスの火屋ひとつだけでも熱く焼き、死にゆく仲間の凍えた手を最期まで温めてやろうとしたのだ。
「……屑鉄として溶かしていたら、あの方々が寂しがるところでしたよ、ご隠居」
俺は素手の右手で、いちばん細い細工用の鑿と白金の焼き鏝を取り上げた。
「ランタンが壊れたのではなく、持ち主が最後の油の一滴まで外へ出さず、ランタンの内側にぎゅっと抱きしめていたのです」
俺は黒い木綿の布を巻いた左手の親指で凍りついた放熱バルブをじっと押さえたまま、右手の熱した白金の焼き鏝の先を、芯の下の微細な銅管に当てた。
無理に氷を砕けば、芯に染みついているあの登攀者の優しい温もりまで一緒に消えてしまう。代わりに俺は銅管の通気孔に沿って細い銅の糸を三巻きし、凍りついた油が自ら息を吹き返して溶け出せるよう、迂回温熱回路を通してやった。
シュウウウウッ——ぽつり。
凍りついた芯の先から白い霜が涙のように溶け落ちると、やがてマッチを近づけてもいないのに、芯の真ん中から小さく丸い黄金色の炎が立ちのぼった。
魔法のランタン特有の冷たい青い光ではなかった。寒い冬の夜に火鉢のそばで両手を寄せたときのように、目が痛むこともなく指先から温めてくれる、深く優しい黄金色の温もりだった。
「ほう……! なんとまあ、77層の深海ランタンからこれほど温かい灯りが出るのは初めて見るわい!」
カン老人が皺の刻まれた両手をランタンに近づけながら感嘆した。
俺は右手のピンセットでランタンの底の沈殿物栓を開け、バルブを塞いでいた爪ほどの青白い結晶——77層の高圧の逆流風が凝縮してできた「77層上昇気流核」——を慎重に摘み出し、小さなガラス皿に移し入れた。
「底にこびりついていた上昇気流核は、私が不純物の代わりに回収いたしました。ですから修繕代は銀貨四枚だけください、カンご隠居」
「銀貨四枚じゃと、このランタンひとつあれば30層の宿営地に売っても銀貨三十枚にはなる品じゃぞ! ほれ、ユン店主。やはり1層で人の手垢のついた品をまともに扱ってくれるのは、お前さんしかおらん」
カン老人は豪快に笑いながら作業台の上にずっしりとした銀貨四枚を置き、温かい黄金色のランタンを大事に胸に抱えたまま、路地の外へと歩いていった。
俺はまだ温もりの残る作業台の上で、右手で万年筆を取り上げ、台帳第一号の二十一行目を埋めた。
[品番 No.021 — 77層深海真鍮鉱夫ランタン/修繕代:銀貨4枚受領/副産物:77層上昇気流核1個確保。]
(『塔にただ一軒の古道具屋』第6話 了)
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