第4話 14層の審問記録の写しと錆びた銀の聖標(品番 No.019)
ペク・ユラが約束を果たすのに、丸二十四時間もかからなかった。
翌日の正午を少し過ぎた頃、雨に濡れたマントを羽織ったペク・ユラが店の扉を開けて入ってくると、俺の作業台の上に鉛で封印された灰色の書類綴りひとつと、掌ほどの革袋を置いた。
「昨日おっしゃっていた修繕代の代わりです。白銀の黎明ギルドの情報部が入手した『14層・沈黙の大聖堂の最近の月間審問・監察記録の写し』ですよ」
ペク・ユラの目の下には、夜通し上層部の記録室を漁ってきたかのように濃い隈が落ちていた。
彼女は革袋の紐を解き、その中から黒赤い錆が浮いて縁の潰れた六角形の銀の聖標をひとつ取り出すと、銀の懐中時計(No.018)の隣に並べて置いた。
「それとこれは……昨日直してくださった時計と同じ落下口区域で、うちの捜索班が遅れて見つけ出した副隊長の認識票です。妙なことに聖標の真ん中が何かに突き刺されたみたいに凹んで曲がっているので、これも一緒に修繕できるか伺いたくて」
俺は返事をする代わりに、まず灰色の書類綴りの鉛の封印を刃先で裂いて開けた。
湿気を帯びた羊皮紙の匂いと共に、14層特有の酸性霧で紙の端が黄色く腐食した監察文書が姿を現した。
[沈黙の教区・月間汚染および異端審問報告書(第14層)]
- 処刑執行件数:14件(執行官:上級処刑人イヴ・ヴェスパー)
- 15層境界亀裂偵察隊の汚染判定:異常なし(0件)
- 監察文書照合および最終署名:下級審問官ルカン・ヘイル
俺の視線が、文書のいちばん下に記された名前と、その横に赤い封蝋で押された審問官の印章の上で止まった。
ルカン・ヘイル。
聞き覚えのある名前ではなかった。
だがその名前の横に万年筆で引かれた署名の最後の画——文字の先を外へ抜かず、内側へ一度折り返して結び目を作るように抑えた筆跡——を見た瞬間、俺の左の掌を包む黒い木綿の布の下で、重苦しい振動が一度鳴った。
それは遠い昔、塔の上層部の聖騎士団で暗号文書を作成する際にのみ使われていた、すでに脈の途絶えた古典書記法だった。
「……興味深いですね。15層境界亀裂から戻った偵察隊の汚染判定が、全員『0件』とは」
俺は書類綴りを閉じて脇へ押しやり、拡大鏡の眼鏡を下ろしたまま、ペク・ユラが持ってきた錆びた銀の聖標(No.019)をピンセットで摘み上げた。
「ペク・ユラさん、副隊長が行方不明になられた場所は、確か18層の進入路とおっしゃいましたね?」
「ええ。公式の遠征記録には、確かにそう記されています」
「その記録を書いた人間も、いまこの書類に署名した大聖堂側の人間なのでしょうね」
俺は細工用の鑿の先で、銀の聖標の裏面にこびりついた黒赤い錆の殻を慎重に剥がし取った。
シャリ、シャリ。
単なる血の跡ではなかった。
昨日シオンの傘(No.017)の九つ目の結び目の先に結んでいたあの赤いガラスの結晶と、寸分違わぬ波長の深淵の毒気が、銀の表面に食いこんで結晶化していた。
さらに奇妙なのは、錆を削り落とした跡に現れた微細な数字だった。
本来、聖標には着用者が通過した層数が自動で刻印される仕組みになっている。10、11、12、そして14。
ところが12と14の間の狭い金属の余白に、誰かが死ぬ直前、短剣の先で必死に引っ掻いて刻んだような数字が、逆さに彫りこまれていた。
[ XIII — 落下口閉鎖区域 ]
塔のあらゆる公式地図において、不吉だという理由で番号さえ飛ばされ、存在しない層として分類された場所。
「抹消された13番目の層」。
「副隊長は18層で行方不明になられたのではありません」
俺は薬品を含ませた綿で聖標の毒気を拭き取りながら、低く言った。
「14層の大聖堂の床下、地図から抹消された13番目の層と接する地下焼却区域で、何かを目撃されたのです。そしてこの聖標を誰かの手の甲に力いっぱい叩きつけてから、下へ投げ落とされたのでしょう」
聖標の凹んで曲がった中心部の裏面には、誰かの手の甲の骨を貫いた際に残ったような、十字形の微細な骨粉の跡が白く食いこんでいた。
(『塔にただ一軒の古道具屋』第4話 了)
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・note: https://note.com/seodoyeon_spire/n/n17ce12ece663




