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第20話 分かれ道で止まった案内人の羅針盤 (No.033)

十六日目の午後、1層の広場路地に薄い霧が降り始める頃、店の内はいつになく静まり返っていた。


昨夜の真夜中過ぎ、カン老人の上昇気流弾で真鍮の配送カプセル(No.022)を垂直落下口の上へと撃ち上げて送ったあと、俺は午前中ずっと作業台の上の棚にある四番目の水晶試薬瓶を注視していた。一定して深く脈動していた14層の試薬瓶の中の深紅の霧は、明け方の五時頃を過ぎるやいなや、まるで音が遮断されたガラス壁の向こうに閉じ込められたかのようにすべての波動を止め、静かに静止していた。


火種が消えたわけではなかった。霧の色合いは鮮明だったが、外部へ伝わる振動だけが刃物で断ち切られたように途絶えた状態だった。上層のあの審問官の一行が、ついに音と波長がすべて消去されるという15層の向こうの古い迂回開拓路へと足を踏み入れたらしかった。


研磨パッドの上に顎を乗せて寝そべっていたハルが退屈そうに一度あくびをしたかと思うと、扉の外の路地から近づいてくる見知らぬ二つの足音に耳をぴんと立てた。少しして、店のドアベルが控えめに鳴った。


敷居を跨いだ客は、使い古された登攀用のポンチョを羽織った若い男女だった。男の懐から取り出されたのは、ガラスにひびが入り、真鍮の縁が黒く煤けた旧型の登攀羅針盤一つだった。


俺は樫の作業台の上の絨毯を真っ直ぐに広げて羅針盤を置いた。修繕台帳第一号を開き、三十三番目の欄に『No.033 真鍮の羅針盤』という番号と品名を先に書き入れてから、虫眼鏡越しに羅針盤の針を覗き込んだ。


「父が二十年の間、10層より下の開拓路の案内人として使っていた品なのです」


男が乾いた唇を湿らせて言った。


「先月の閉鎖区域での落石事故の時、後発隊を先に逃がして一人で残られたのですが、遺品として戻ってきた羅針盤の針が北ではなく、北東三十二度の目盛りで固まってしまっていたのです。他の鍛冶屋に持っていったところ、中心の磁石軸に詰まった磁鉄鉱の粉を払い落とせば針はまた回るだろうと言われました。ですが、どうにもその軸にむやみに触れてはいけないような気がして……」


羅針盤(No.033)の真鍮の胴体には落石の破片に抉られた深く荒々しい傷跡が三箇所も残っており、手首に巻いて使っていた革紐は炎に焦げて先端がボロボロに崩れていた。しかし肝心の方位を指し示すべきガラス窓の内側の鋼の針だけは、誰かがわざと溶接でもしたかのように北東三十二度の目盛りの上で微動だにしなかった。


「父は生涯、一度たりとも道に迷ったことのない人でした」


男の隣に立っていた若い女が、濡れた外套の裾をぎゅっと握りしめながら静かに付け加えた。


「事故が起きた日も、後発隊の隊員六名は父が教えてくれた北の通路を辿って全員無事に抜け出せたそうです。父一人だけが反対側の分かれ道から戻れなかったのに……なぜ遺品として残った羅針盤(No.033)が脱出口ではなく行き止まりの洞窟の方を指したまま止まってしまったのか、隊員たちも理由が分からないと言っていました」


俺は答える代わりに、黒い木綿の布を巻いた左手の指先を真鍮の羅針盤(No.033)の底面にそっと当ててみた。


金属が宿している記憶は嘘をつかない。人が口で残した遺言は歳月が流れれば付け足されたり削られたりするものだが、最後の瞬間に掌の汗と体温が染み込んだ真鍮のぜんまいは、その日の重みを一分たりとも変えずに留めていた。


他の鍛冶屋の言葉通り、磁石軸の隙間に微細な磁鉄鉱の粉が詰まっているのは事実だった。しかし、針を北東三十二度に縛りつけている本当の原因は塵ではなかった。


左の掌を伝って昇ってきたのは、崩れ落ちる岩盤の振動と、二股の道の前で羅針盤のガラスを親指で強く押しつけ、針を強制的に固定した老案内人の最後の決断だった。


北の道は一人がようやく抜け出せる安全な脱出口であり、北東三十二度の方角は負傷した後発隊の六名が孤立していた行き止まりの洞窟だった。老案内人は、自分の羅針盤の針が本来の安全な北へと戻らず、後発隊が孤立している北東三十二度を最後まで揺らぐことなく指し続けられるよう、自ら針の固定ネジを限界まで捻じり締めたまま北東の暗闇の中へと歩み入ったのだった。


「この針を無理に解いて、北を指すようにすることはできます」


俺は虫眼鏡を掛け直しながら落ち着いた声で口を開いた。


「ですが、中心軸に結ばれたこの磁性の結び目を解いてしまえば、お父様が最後の瞬間にどちらを見つめて歩いていかれたのかという痕跡も永遠に消えてしまいます。その時からは、この品はお父様の遺品ではなく、ただのありふれた真鍮の羅針盤になるでしょう」


若い女の目頭がたちまち赤くなった。


「では……父の最後の歩みを消さずに、私たちがこの羅針盤を持って再び道を見つける方法はないでしょうか?」


「私たちの父は、生涯ずっと後ろからついてくる人たちの足取りから先に気遣う人でした。もし羅針盤(No.033)の針を無理に戻して父のその最後の心を消してしまったら、私たちが上層へ登ったところで何の意味があるでしょうか」


兄と見える若い男が妹の肩を優しく叩きながら、固い声で答えた。


「どうか父の痕跡はそのまま残してください、店主様」


兄妹の揺るぎない眼差しを受け止めた俺は、軽く頷いた。品を預ける持ち主の心がこれほどはっきりしている時は、修繕工の手つきもそれだけ迷いがなくなるものだ。


俺はしばし作業台の隅の研磨パッドの上に座って尻尾を丸めているハルを見下ろしてから、引き出しの一番奥にしまっておいた取っておきの超小型二重精密ぜんまいと水晶の彫刻刀を一本取り出した。


「針はその場所にそのままにしておきます。代わりに、ガラスの蓋そのものが新しく道を指し示すように作りましょう」


俺は素手の右手で細長い真鍮のピンセットを握り、羅針盤の縁のネジ四つを音もなく外した。


カチリ。シャリ。


固まってしまった主針には半厘たりとも触れないまま、俺はガラス蓋の内側の回転縁の溝に、取っておきの白銀精密ぜんまいと薄い磁気リングを新しく噛み合わせた。続けて針のように尖った水晶の彫刻刀を右手に握り、ひびの入ったガラスの表面に沿って息を止めたまま三十二個の補助方位目盛りを一画ずつ精巧に削り刻んだ。


シャリ、シャリ、シャリ。


水晶の粉が白い霜のように舞い上がるたび、俺の右手の人差し指の関節がぴんと張り詰めた。二十年前に99層を離れてこの工房へ降りてきた時、前の主人が俺に譲り渡してくれた高層調律用の精密ぜんまい一つを丸ごと消耗する損失だったが、俺は惜しむことなく最後の目盛りの先に小さな銀粉の一点まで埋め込んだ。


ガラスの表面に三十二個の補助方位目盛りをすべて刻み込んだあとは、細い筆先に夜光魔石の粉を溶いて、針で削り出した溝ごとに薄く埋め込んだ。暗い開拓路の中で灯火が消えても、ガラスに刻んだ新しい方位線だけは仄かな青い光を失わないようにする仕上げの工程だった。久しぶりに息を止めて指先の感覚だけで微細な目盛りを削り出したせいで、虫眼鏡の向こうで目頭がじんわりと熱く痛んだ。


ついにガラスの蓋を再び閉じて真鍮のネジを締めると、羅針盤(No.033)の内の元の針は依然として父が選んだ北東三十二度の分かれ道を揺るぎなく指しており、その上を覆うガラス蓋の銀色の補助目盛りリングがスルスルと回転して正確な北の方位を見つけてピタリと止まった。


「真ん中の針はお父様が最後まで守ろうとされた人を指し、ガラスに刻んだ銀色の目盛りはお二人がこれから歩いていかれる北を指します」


羅針盤を両手で受け取った男女は、ガラスの上で重なり合った二つの方位を見下ろし、ついに堪えていた涙をこぼした。


「このご恩をどうお返しすればいいか分かりません、店主様。これでようやく、父が残してくれた道を失わずに私たち兄妹もまた登攀の準備ができるようになりました」


若い男は羅針盤(No.033)を羊毛の袋に大切にしまい込みながら、何度も頭を下げた。


「険しい開拓路を登られる時はガラスに刻んだ銀色の目盛りを見て歩き、万が一霧の中で心が揺らぐ時だけ、真ん中で止まった針を一度ずつ見下ろしてください。お二人のお父様が背中を支えてくださるはずです」


俺の言葉に兄妹は目頭を赤くした顔で明るく笑い、作業台の角に銀貨二枚を並べて置いた。二人が傘を並べて差し、霧の立ち込める路地の向こうへと歩いていく後ろ姿を見届けたあと、俺は静かに出入口の扉を閉めた。


作業台の上には、先ほど羅針盤(No.033)の磁石軸の周りを整理して払い落とした微細な磁鉄鉱の粉と、ガラスに目盛りを刻みながら削り出た水晶の粉が銀色の塵のように残っていた。誰かの最後の決断が宿った器物を手入れするたびに少しずつ残る、歳月の結晶だった。


客が置いていった銀貨二枚を引き出しに入れた俺は、作業台の上に残った磁性の鉄粉と銀粉の副産物を小さなガラス瓶に掃き集め、看板の下の保管箱に収めた。そして窓の外の路地には、いつの間にか夕霧がもう一重濃く降りていた。火鉢の上で冷めかけていた麦茶の薬缶を下ろしてハルの水入れにぬるま湯を満たしてやったあと、俺は作業台の灯火の芯を半寸ほど引き上げた。暗い洞窟の分かれ道で後発隊の六人の命を掬い上げた老案内人の針が、今や残された兄妹二人の背中を照らす小さな灯台となって上層へと登っていくはずだった。


俺は修繕台帳第一号の『No.033 分かれ道で止まった案内人の羅針盤』の項目の横に、万年筆で短く書き記した。


『止まった針はそのままにし、ガラスに新しい道を刻む。修繕費として銀貨二枚を受領、精密ぜんまい一つを消耗』


(『塔の中の唯一の中古商店』第20話 完)

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※第一部・第二部(第1話〜第44話)完全収録オムニバス&機密設定資料集:

・BOOTH(公式書庫): https://spire-archive.booth.pm/items/9073638

・note: https://note.com/seodoyeon_spire/n/n17ce12ece663

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